5 さよならだけが

1

「松葉さん、こんにちは。」

「あぁ、敏和くん、こんにちは。」

 終わりを迎えた菖蒲さんとしての日々は、それでも変わらず祖父の部屋へ通うくらいにはまだ熱を持ちながらも、取り戻したいと思うことは無くなりました。

「菖蒲は、散歩が出来るくらいにまで回復しましたよ。」

「それは見習わなくてはいけませんね。」

 日が長くなってきたので、その頃の私は庭の手入れを始めていました。 というのも、せっかく買ってきた花の苗を、植えられずに枯らしてしまったからです。 荒れ果てた庭には花一輪植えるのすら難しく、緑さんと協力しながら、地道に雑草を抜いていました。 あまりにも進まなくて、抜いている間に新たな雑草が生えてくるんじゃないかと思うほどでしたが、私たちは懸命に草を毟りました。

 その進み具合に見かねた寿一が「手伝う。」と言い出したのは、夏休み。 祖父が不自由になってから、私以来二人目の訪問者となり、緑さんはびっくりするくらいたくさんのご馳走を作りました。 いつもはひっそり眠っているオーブンを叩き起こして、ありとあらゆる調理器具をフル稼働させていました。 祖父はその音に慣れないのか、頻りに「なにか起きているのですか。」と弱々しく聞いてきたのです。

 寿一は屋敷を見るなり「でけぇ」を連呼し、庭を見るなり「きたねぇ」を連呼し、挙げ句リビングへ続く扉に思い切り頭をぶつけ「いてぇ!」と叫びました。 私はそのたび腰の辺りを強く叩いて、緑さんが大袈裟に笑うのでした。

 私と緑さんと祖父、三人の三日分の食事に相当するくらいの量を、寿一はぺろりと食べ尽くしてみせました。 この巨体を維持するのにはかなりの食事が必要なようで、乾師家の食費が少し心配になりました。 寿一は蓄えたエンジンを思う存分発揮し、あっと言う間に庭を綺麗にしていきました。

「ちょっと、サボんなよビビ。 言い出しっぺはお前だろう。」

 背中からそんなバッシングを受けながら、私は庭と祖父の部屋を行き来しました。 祖父は聞き慣れない男の人を不信に思い、落ち着かないようだったので、

「庭を手入れするために業者を呼んだみたいですよ。」

「ほら、菖蒲が再び遊びに来たとき、綺麗な庭の方が良いでしょう。」

 などと言い、ついてこようとする寿一には、

「じいちゃん、人見知りだから。」

「今寝てるから。」

 と言い、接触させないようにしていました。 なんだか浮気を隠しているみたいで、少し可笑しくなりました。

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