7

「無理だよ、おれ、ハナさん知らんもん。」

「知らなくてもさ、そのままで普通にハナさんなの。」

「こんなゴツいハナさん嫌だぁ。 俺の中のハナさんは、めっちゃ綺麗で、長い黒髪のお嬢さんなんだよ。」

「麦藁帽子に白いワンピース着てひまわり畑に居そうな?」

「そう、それそれ! ビビはエスパーかー。」

「違うよ。 女の勘は鋭いって言うでしょう。」

 後ろにぶら下がって揺らしていた体がピタリと止まって、ヘラヘラ笑う口のまま、細い目で私を見つめました。 探ろうとしたのでしょう。 でも、ぼんやりと考え込んでいる隙に無防備なわき腹を擽ると、「ちょ、ビビ! いぎゃー!」と叫びながら無様に後ろへ倒れていきました。(188cmの巨体が少し高いところから落ちたので、もの凄い音がホテル内に響いて、ちょっとした騒ぎになりました)

 寿一は地に響くような低い声で大笑いをして、乱れた浴衣を直さず、大の字で床に寝そべりました。 その浴衣から覗くしっかりとした胸板や筋肉質な手足が、まさに「男の人の体」で、思わず目を反らしてしまいました。 顔が熱くなって、こんなタイミングで真っ赤になったら変に思われてしまう。 けれど、寿一のほうを見ることが出来ずに、かえって不自然な格好で固まってしまいました。

「ビビ?」

「うん。」

「うんってなにさ。」

 この声は、笑っている。 目が無くなるくらい細くなって、喉の奥で、クククって。

「ビビ。」

「はい。」

「敬語になった。」

「イエス。」

「英語だ。 やっぱり頭いいな。」

「イエスくらい、誰でもわかるでしょう。」

「わかんないよ。」

 窓の外から、誰かの笑い声が聞こえる。 火薬の匂いが微かに届いたから、花火をしているのだろうか。

「ビビ、俺、わかんないよ。」

 線香花火がしたい。 あの静けさが、儚さが、美しくて好き。 好きだから。

「知るべきなのかが、わかんないよ。」

 ゆっくりと、視界の端に寿一を写しました。 寿一は大の字で天井を見つめたまま、胸だけをゆっくり上下に動かして。

「俺バカだから、わかんない。」

 違うよ。 本当は、貴方は私より、ずっと賢い。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る