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「俺、成績悪いからさ、高校選べなかったんだよね。」
宿泊研修の夜。 当たり前のように同室の皆がホテルを抜け出したから、逆に私と寿一はホテルに残って、窓辺に座りながら話をしました。 落下防止の柵に前のめりになってもたれながら、生ぬるい夜風で濡れた髪を乾かして。 ふわふわと甘いシャンプーの匂いが漂って、ぬくぬくとした眠気に包まれました。
「皆そういう理由で此処に入学するからさ、ビビみたいに頭がいい子が居たのには、本当にびっくりしたよ。」
「友達、居なかったから。 勉強しかすることなくて。」
「寂しいこと言うなよー、ビビー。」
「今は全然、勉強する暇もないよ。」
「じゃあそのうち俺みたいな成績になるのか。」
「そうだね、八十歳になる頃にはそうなるかもね。」
「おじいちゃんじゃん。」
「おじいちゃんだね。」
「あー、じいちゃんがお小遣いくれたからお土産買わないと。」
寿一は鞄の小さなポケットから百円玉を取り出し、月に翳しました。 それはとても綺麗な百円玉で、製造年は去年のものでした。
いつか、寿一がぼそりと、「俺のじいちゃんボケてんだ。」と溢したことがありました。 こんなに巨大な寿一を、五歳児くらいに思いこみ、顔を合わせるたび「おや、僕ちゃん、また来たのかい。」と笑ってお小遣いをくれるのです。 それはギザ十だったり、今年作られたばかりの硬貨だったり、古い五百円だったり(寿一はこれがくると大吉を引いた気分になるそうです)、ほんの少しだけ珍しいお金で、必ず別れ際に「ハナさんには内緒だよ。」と言うのです。 でも、乾師家にハナという人は居らず、誰に聞いてもその人物に心当たりはないのです。
「もしもさ、」
「うん?」
「もしもじいちゃんに、ハナさんになってくれって頼まれたら、どうする?」
「え。 ハナさんに、俺が?」
苦笑いをしながら、私の質問の意味がいまいち分からないという感じで首を傾げて、意図を探るようにこちらを見ました。 頭を動かしたせいか、長身のもさ苦しい男からフローラルの香りがして思わず吹き出すと、調子に乗ったのか、無理矢理視界に入り込むように顔を覗き始めました。 こうなると寿一はしつこいので、近づいてきた額に強めのデコピンを喰らわせると、「んがっ」と間抜けな悲鳴をあげ、柵に掴まりながら大袈裟に後ろに倒れました。
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