5
「ビビの声が低くなった。」
寿一がそう言ったのは、声変わりから一週間、出会ってから一ヶ月が経った頃でした。 その頃既に、寿一のビビ呼びに抵抗するのは諦めたどころか、クラスメイトにまで浸透し始めていました。 寿一にはなんというか、そういうよくわからない無駄な影響力があるのです。 でもそのおかげで、私の女っぽさはひとつの個性と認識されて、イジメを受けることはなくなりました。(寿一がそこまで計算をしていたように見えますが、彼にそこまでの頭がないのは私が保証します、偶然です)
「今更。 もう一週間は経つよ。」
「嘘、え、みんな気付いてた?」
そのときは確かLHRで、翌日に控えた宿泊研修の最終確認をしているところでした。 同じ班の五人で机を合わせて、昼ご飯をカレーにするかシチューにするかとか、そんなくだらないことを話していました。(寿一はそんな話し合いすら面倒くさくなったらしく、私の横で必死に黒ずんだネリ消しを作っていました)
同じ班の空野が出した、「カレーで、ナンにしよう。」という奇抜な提案に盛り上がりを見せていたとき、急に突っ伏していた巨体を起こしたものだから、皆は思わず言葉を止めて、寿一のほうを見ました。 そして、全く関係ない質問をしてきた寿一に、戸惑いながらも無言で頷いていました。
「ちょっと待って、なんで、俺知らない。」
「知らないって、普通わかるでしょう。 隠してないし。」
「あ、もしかしてさっきの休み時間からでしょう。 ほら俺、パン買いに行ってたとき。」
「一週間前ってさっき言った。」
「一週間前!?」
皆の視線は私に集中し、助けを求めていたので、何も書いていない机に消しゴムをかけて、でてきた消しカスを寿一の前に置きました。 それで寿一はもう私の声変わりなど忘れて、無言でネリ消しを作り始めるのでした。
「で、ナンってどうやって作るの?」
ようやく話し合いを再開させたところで、そういえばこの話し合いもくだらないことだった、と思い出すのです。
声変わりについての話が再開されたのは、翌日のバスの中で、私は誰かから貰ったイカスルメを一本ずつ食べていました。
「ビビも大きくなるんだね。」
いきなりそう言われて、最初はなんのことかわからず、とりあえず残りのイカスルメを差し出しました。 十本以上あったソレを全て取られ、しかも一気に口に入れたものだから、寿一が話すたびイカスルメの匂いが広がって、多感なクラスメイト達に様々な言葉でからかわれていましたが、当の本人はよくわかっていなかったみたいです。
「ビビって男だったんだ。」
五分ほど間を置いて(イカスルメを飲み込んでいた)そう言葉を続けました。
「知らなかった?」
「知ってた、と、思ってた。」
「それってどっち。」
「うわ、俺口臭い。」
「うん、臭い。」
そう返すと、私に向かって思い切り息を吐きました。 前の席の奴が「スルメ臭い!」と叫んで、寿一はケタケタと笑いました。
「あのね、」
私もつられて笑いながら、
「違うんだ。」
その一言だけをこぼしました。 それだけで、寿一は何故か、理解が出来たそうです。 その証拠に、着替えるときや風呂の時間、さりげなく壁になったり人が居ないか確認したり、そして私の裸を絶対見ないようにしてくれたのです。
たぶん、そのときから私は寿一を、異性として好きになっていました。
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