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寿一は何度も私に話しかけてきました。 それはとてもくだらない話で、(ケチャップ派なのに今朝食べた目玉焼きにマヨネーズをかけてしまった、とか、トイレットペーパーがダブルになって落ち着かない、とか)でも寿一が楽しそうに話すから、うんうんと聞いてあげました。 話すのが下手な寿一はいつも、

「昨日ゲームやってたらバグってさ、バグ、バグ? あれ、バグって居なかったっけ。 ほら、あの、しわしわな犬。 あれ、でもあれはブルドックか。 ブルドックって、誰かに似てるよね。 誰だっけ、近所のおばさんだっけ。」(結局三組の田中でした)

 こんな感じでどんどんと横道に反れていくので、結局休み時間が終わる頃に、

「あれ、あ、そうだ。 昨日バグったんだよ、ゲーム。」

 と、一周するのです。

 それでも寿一と話すのが苦にならないどころか、むしろ落ち着けたのは、私のことを聞いてこなかったからだと思います。

 初めて話したときから、寿一は私にひとつも質問をしてきませんでした。 だから出身中学が遠いところであったことや、両親が死んでいて祖父の家で暮らしていることを話したのは夏休み、いじめに遭っていたことなんかを話したのは、二年生になってからでした。

 その代わり、私の心と体がちぐはぐなことは、出会って一ヶ月ほどで打ち明けたりと、私たちは独特な距離間で一緒に居ました。 私にはその距離間が、ぴったりと窪みに当てはまったみたいに、丁度良く感じたのです。

 つまりなんというか、寿一は、言葉では表せられないくらい、それくらい丁度良く空いた穴をすっぽりと埋めてくれたのでした。

 そして寿一もまた、愛描を失い空いてしまった場所に上手いことハマった存在に(私は無理矢理詰め込んだと思うけれど)、どうしようもない居心地の良さを感じ、私たちはそれがもうずっと前から決まっていたみたいに、一緒に居るようになったのです。

 初めて出来た友達に、敏和としての居場所を見つけた私は、菖蒲さんとして祖父の側に居ることを、以前よりも疎かにしていたと思います。

 その時間がいかに貴重で、有限であるかを、考えもせずに。

「菖蒲さん、最近楽しそうですが、何か良いことでもありましたか?」

「ふふ、わかりますか? 実は、とても話の合うお友達が出来たのです。」

「それは素敵なことですね。 私は菖蒲さんと緑さんしか話し相手が居ないので、少し羨ましいです。」

 祖父はどんな気持ちで居たでしょうか。

「ちなみに、そのお方は、その、友達と仰っていましたが・・・・・・。」

「え? あぁ、ふふ、同性の方ですよ。」

「そうですか、それなら安心です。」

「松葉さんが心配なさるなんて、」

 手を重ねて、言葉を交えて。

「貴方より素敵な男性、少なくとも私は出会ったことありません。」

 本当に限りなく近い嘘を吐く私に、どんな気持ちを抱いていたのでしょう。

「いつまでも、こんな時間が続いたら良いと思ってしまいます。」

「私もです、松葉さん。」

 それが、最後に交わした言葉。

「私も、いつまでもこうして居たい。」

 祖父に菖蒲さんとして交わした、最後の言葉でした。

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