4 あたしあなたに会えて本当に嬉しいのに
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「俺も、としかずっていうんだ。」
初めての授業。 自己紹介を終えた後、前の席に座る細長い壁が振り返って、そう言いました。 俺も、ということは、彼も「としかず」なのでしょう。 他の人の自己紹介をちゃんと聞いていなかったので、彼が言わなかったら、同じ名前がいることには気付きませんでした。
そして、同年代の男子から友好的に話しかけられたのが、忘れるくらい久しぶりだったので、どう反応していいかわからずに、ただただ彼を見上げていました。(後の寿一曰く、もの凄い睨んでいたそうです)
「俺は、乾師(けんし)。 乾師寿一。」
そのころ私は、部屋にあった冒険物の小説を読んでいたので、寿一の苗字を聞いたとき、とっさに、
「強そう。」
と呟きました。 私たちの初めての会話です。
寿一は細い目をキラキラに輝かせて、
「だろう? 俺きっと、勇者の末裔なんだよ。」
なんて無邪気に言ったので、この人は今まで出会ったどんな人とも違うな、と感じました。 もしかしたらその時から既に、寿一は私にとってどこか特別だったのかもしれません。
「お前はヤギの末裔かな。 でもヤギっていうより猫だよ、猫。」
(そして、言葉を交わして数回で、寿一は勉強が出来ないな、と察してしまえたのです)
寿一の第一印象は今も昔も変わらず「長い」で、初めて自分の席に座った時、前の席が彼だったときは思わず口を開けたまま固まってしまった程でした。 私をすっぽり丸ごと隠してしまって、初めての席替えが行われるまで、私の授業風景はずっと彼の猫背でした。 だらしのない彼はいつもブレザーにホコリやシワをつけていたけど、黒に近い紺色の布地に浮かんでいるから、昼間なのに星空を眺めているみたいでワクワクしました。 今日の星空は真夏だ、とか、きっとこれはかに座だ、とか。 たまにピシッと綺麗にしている時があって(彼の母親が見るに見かねたのでしょう)、今日は雨が降るかもしれないと笑うと、本当に降ったりしたのです。
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