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熱のこもった祖父の部屋。 窓を開けると、自然の匂いが入ってきました。 窓の外の景色は雑草にまみれた庭でしたが、目を閉じると、それはそれは素敵な世界が想像できました。 もしかしたら、見えないほうがこの世界は優しいのかもしれません。
でも、世界には景色があって、私の目はそれを写すから。
「菖蒲さん、今庭には、なんの花が咲いているのですか?」
祖父の見る景色に、近付きたいから。
「小さな、ピンクの花が、たくさん。」
来年の春。 ここに正式に越してくる、そのときは、花の苗をお土産に持ってこよう。 そう決めたのです。
祖父の家で暮らした、初めての夏。
たくさんのことがあって、たくさんの思い出が出来たのですが、今になって思い返すと、浮かぶのは、ただひとつ。
松葉さんの、菖蒲さんへ抱いた、ひたすらに真っ直ぐな想い。
思い出すと、胸が締め付けられ顔が火照り出すほどの、愛情でした。
それからの日々は、古い蛇口から滴る水滴を見つめるように、ゆっくり、でもいつの間にか過ぎていきました。
クラスメイト達がアイドルやファッション、異性に興味を抱くなか、私はずっと祖父を想っていました。 だって、雑誌に写る派手な方達よりも祖父のほうがずっと素敵でしたし、高い服は薄っぺらくて寒さを凌げそうにないし、私にとっての異性がどちらを指すのかは曖昧なので、教室の中、私の居場所は少しもないな、と感じていました。 祖父の家ではあんなに毎日騒がしかった胸も、学校では少しも鳴ろうとしないのです。
だから私は、気付きませんでした。 同年代の人たちと極力関わろうとしなかったので、疑いもしなかったのです。
私が心に従い生きられるあの空間は、酷く脆いものであったことに。
勝手に繭を作って、中に閉じこもって、蝶になることを未だに夢見ていたのです。
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