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例えば、昨日見た夢の話。 雨が降っていて、傘を持っていないから濡れてしまうのだけれど、不思議と暖かくて。 そんな自分にたくさんの傘が差し伸べられているのですが、一つだけ、銀色の美しい傘があって、それを受け取ろうとしたら「これは本当は金の色だから、ダメです。」と言われ、逃げられてしまう夢。 祖父の夢には色も温度もあって、きっと起きているときよりも鮮やかに輝く世界なのでしょう。 目蓋の裏、意識の底の世界なら、菖蒲さんの姿がちゃんと見えるのです。 天体の本を片手に星座を唱えたら、二人同じ夜空を見上げることも可能でした。 

「松葉さん、今日はね、獅子座が一番ピカピカしていますよ。 その隣で山羊座が光っています。」

 そう言うと、祖父は笑いながら頷くのです。

「大きな獅子の隣に山羊を置くだなんて、神様は不思議な方ですね。」

 星空で輝く二頭は睨み合っているのか、それとも片思いなのか。 片方は見つめているけれど、それはずっと相手の背中だけなのか。

「きっと、」

 祖父は何もない天井を見上げながら、手を伸ばしました。

「獅子と山羊も星を見つめ、綺麗だと言っているのでしょう。」

 またあるときは、ふと思い出したように自らの顔に触れ、「こんな姿になっていて、驚いたでしょう。」と言いました。 生まれながらに美しく在った祖父にとって、容姿を人に見せたくないなどという悩みなど、欠片も考えたことはなかったのでしょう。

 私は返事に戸惑いました。 菖蒲さんならなんと答えるのか。 祖父の愛した人は、こんな時。 悩んでも悩んでも、自分の何倍もの年月を生きた人の思考などわかるはずもなく、かといってありきたりな言葉が慰めにならないことは、痛いくらいに知っていました。 何の根拠もない「大丈夫」という言葉の酷さも、同じように知っているので、手を握りながら、ただただうつむきました。

 そうして気付いたのです。 菖蒲さんの気持ちはわからないけれど、祖父の気持ちなら誰よりもわかってあげられる、と。

 だから、

「そうですね。」

 否定は、しませんでした。

「松葉さん、また背が伸びたんじゃないですか?」

 包帯に覆われた頭を撫でて、そう言いました。

 包帯の中、祖父の顔はきっと、皮膚が焼け爛れ、目の跡なんかは直視しがたいような有様なのでしょう。 ただひたすらに美しかった祖父の面影なんて、どこにもないのでしょう。

 それでもいいのです。 そんなことは、どうでもいいのです。

 生きてさえいてくれたら、私にとって姿形なんて、どうでも。

「ありがとう、菖蒲さん。」

 そう言って、祖父は肩を揺らしました。 そこに涙はなくても、私は目元を拭ってあげるのです。

 大丈夫、この部屋、この空間の中なら、大丈夫だよ、って。 私たちは十七歳の、美しい男と女だよ、って。

 それはきっと、誰よりも自分に言い聞かせていたのだと思います。

 

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