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八木松葉は裕福な家に生まれ、恵まれた容姿に高い知能と運動神経を持ち、誰もが羨む完璧な人間でした。 生まれた瞬間、いいえ、精子と卵子がめぐり合ったその時から、他人より遥かに優位な立ち位置に居たのです。 更に祖父は性格も良く、決して威張ったり、傲慢な態度を取ったりせず、その上勇敢で優しさも兼ね揃えていたので、妬みの対象になっても、虐めの対象にはならなかったのです。 祖父の周りにはいつもたくさんの人が居て、その中の誰もが、祖父を心から尊敬していました。
そんな祖父でしたから、女性から言い寄られることは数知れませんでした。 でも祖父は「交際するのは、伴侶にすると決めた人だけ」と誓っていたので、全てを丁寧に断っていました。 その志は素晴らしいことですが、屋敷の使用人たちは(物心がついた時から八木家に仕えていたので、緑さんも)松葉坊ちゃんにあまりにも浮ついた話が無いので、少し心配になっていたそうです。 名家のお嬢さんも、ご近所で評判のべっぴんさんも、祖父の心には行き届きませんでした。
そんな祖父の心を、誰もが目を疑うほど鮮やかに奪ったのが、菖蒲さんでした。
二人の出会いは、互いの父の付き添いで足を運んだ会食の席でした。 そこで、祖父のほうから菖蒲さんに一目惚れをし、今までの堅物が嘘のように猛アタックをしたそうです。
話を聞いた使用人は皆、絶世の美女を想像しました。 なので、最初写真を見せられた時は、どうして彼女に、というのが正直な感想だったそうです。 でも、実際菖蒲さんが屋敷に来た時、納得せざるを得ませんでした。 容姿などを気にしていた自分が恥ずかしくなるくらいに、菖蒲さんは美しかったのです。
菖蒲さんの実家は呉服屋を営んでました。 幼い頃から沢山の習い事をし、特に所作に関しては誰もが惚れ惚れする程優秀でした。 祖父もきっと、そこに惹かれたのでしょう。 伴侶にしたいと思う女性に、ようやく出会えたのでしょう。
菖蒲さんのことが、本当に、本当に、好きだったのでしょう。
でももう、戻ってくることはありません。 祖父と菖蒲さんの繋がりは今や、出来損ないの孫一人だけとなってしまったのです。
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