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どうしていいかわからず、部屋に戻る勇気もなかったので、手持ち無沙汰に辺りを見回しました。 木で出来た大きな本棚の中段に、たくさんの写真たてが飾られていました。 そっと近づいて覗くと、若い頃の祖父たちが、たくさんたくさん、そこには並んでいました。 その中に一枚、本当に若い頃の祖父と菖蒲さんの写真があって、思わず手に取り見つめました。
名高い画家がその生涯を掛けて描きあげた最高傑作だ、と言われても納得出来てしまいそうなほど、若い二人の姿は美しく在りました。 私の中にこの人たちの血が流れているだなんて一滴も信じられず、実は養子でしたと言われたほうが救われる気さえしてきました。
写真の中、本当に十七の頃の祖父は、これ以上整えるのは無理であろうというくらいに美しい顔立ちでした。 そんな祖父の隣、微笑みながら立つのは祖母、菖蒲さん。 祖父のように絶賛される顔立ちではなく、むしろ一般的なはずなのに、写真でもわかるほどに品行が美しく、ただ立っているだけのその姿勢も、どこか華を持っていました。 そう。 きっと祖母は、中身がこの上ないほど美しかったのでしょう。
なのに神様は全て持っていってしまったのです。 祖父の整った顔も。 祖母の美しい所作も。 二人の間にあったぬくもりも。 ただひたすらに輝いて眩しかった何もかもも。 丁寧に全てを与え、一つ残らず回収して行ったのです。
残ったのは、冷たく深い穴と、その底で寝そべっていた、間抜けな出来損ないだけ。
手に取った写真。 おしとやかに笑う、美しい女の人。 窓ガラスに写るのは、猫背のだらしない、小さな暗い男。 どこに共通点などありましょう。
どれくらいそうしていたでしょうか。 「丁度旦那様の薬の時間でしたので、」と緑さんがやって来た時には日が傾いていましたが、私は写真を持って立ち尽くしていたままでした。
緑さんは私の手からそっと写真を取ると、懐かしいですね、と笑いました。 そしてゆっくりゆっくり、昔話をしてくれました。
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