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「ビビ、可愛いじゃん。 ビビちゃーん。」

 ビビは、彼の死んでしまった愛猫の名前だ。 本当の名前はビビアンだかビアンカだか、とにかくビのつく名前だったけれど(姉が無理矢理つけてらしく、彼は気に入っていなかった)いつの間にか略され、ビビになった。 彼はビビをそれはそれは目に入れても痛くないくらいに可愛がったのだけれど、ビビは彼に全く懐かないまま、入学式の前の日に寿命で死んだ。 彼は悲しみで、高校に行かないと言い出す始末だった。

 そんな時、入学式にビビと瓜二つな人間(彼曰く)が現れたのだ。 自分を睨みながら見上げる、薄い茶色の大きな目! 真っ白で小さな顔! ボサボサ(寿一ほどではない)な毛並みに、少し長くなった襟足! そうして何より、雨の日の夜のような香り! 間違いない、ビビの生まれ変わりだ! そう、思ったらしい。 お察しの通り、彼は勉強が出来ない。

 勿論否定と拒絶を山のようにしたけれど、結局押し通されてしまった。 彼の中の決め手は、私がクォーターということだったらしい。 ビビも日本猫と外来種のハーフなんだと言っていたけれど、それは珍しいことじゃないし、つまりは雑種ということだし、私はハーフではなくクォーターだし、何一つ決め手にはならないけど、そう、彼は折れることを知らない、強固なもやしなのだ。

「今更だけど、ビビのじいちゃん、日本人だよね。」

 遺影を見つめながら、いつの間にか二本目の缶ビールを空けている。 片手にはスルメまで持っていて、これはもう、今日は泊まると言い出すパターンだ。

「アメリカのじいちゃんは、お母さんのほう。 死んだのは、お父さんのほうのじいちゃん。」

「あー、そっか。 似てないよね。」

「あたしはばあちゃん似だから。」

「アメリカ?」

「日本人だって。」

 アメリカ人の祖父からは、薄い色素くらいしか受け継がなかった。 だから私に欧米の血が流れているのは、言わないと気付かれない。 かといって、遺影の中で静かに微笑む日本人のほうの祖父に似ているかと言われると、そういうわけでもない。 あまりにも受け継いだものがないから、血が繋がっている気がしない程だ。 もう、血縁者を名乗ることすらおこがましく感じてしまう。 

 それくらい、遺影の中の祖父は、美しい人だった。

 切れ長で二重の目に、高く通った鼻筋。 薄い唇に程よい血色の肌。 スッとした輪郭。 烏の濡れ羽色をした、サラサラの髪。 本の読みすぎで視力が落ち掛け始めた眼鏡が、知性さと品を更に高めている。 神様はきっと、祖父を作った時、物凄く暇だったのだろう。 一年くらい予定がなくって、祖父の髪の毛一本にすら時間をかけるくらい、きっと内臓すらもピカピカに磨くくらい暇だったのだろう。 それはそれは美しく、そこに立っているだけで芸術品のような人だった。

 なのにどうして、神様は祖父から全てを奪ってしまったのだろう。

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