「聖なる墓掘り」

 町の墓掘り人は神聖な仕事、そして精神的と肉体的な苦労の多い仕事として人々から敬われてきた。もしこの仕事人がいなかったら、死体は適切な行き先を失ってしまっただろう。野積みされたり浅く埋められた死体が後で見つけられたりして、故人への思いや生命の厳かさが失われたり、人々に無への帰還よりも醜悪な感情を抱かせるかもしれなかった。

 しかし神聖な墓掘り人の仕事は、この度、その神聖さを失いつつあった。当代の墓掘り男がどうしようもない酒飲みで、いつも酒に酔っている有様で、棺を埋める日になってもまだ穴が掘り終わっていなかったり、どこを探してもいないと思ったら酒瓶を抱えて草むらで寝ていたりするものだから。

 町人からは、彼を名誉ある墓掘り人から外すよう、町長に言うものも出てきた。

「あいつの酒癖は悪くなる一方だ。町長、他の人間を捜した方がいいんじゃないかね。

 ──しかし、墓掘りの仕事は重労働だし、それを一人でやってのける彼は、安上がりで助かる。誰だって墓穴に今の金の倍を出したくはないだろう? どうだろう、酒をやめるように言ってみようじゃないか」

 そして町長は、墓掘り人に酒をやめるようにすすめた。けれど酒好きにこれをやめさせるというのは並大抵のことではない。

 町長は墓掘り人に懇意に聞いた。

「ほら、この墓掘りっていうのは君の天職じゃないか。君はこの仕事に苦労はしていないだろう?

 ──ええ、力仕事はどんとこいだし、おまけに酒も飲める。

 ──そこがいけない! 仕事が遅れることがあるじゃないか。

 ──恥ずかしいんですがね、私には見えるんですよ、幽霊ってやつが。酒を飲んでると気にならないんですが。

 ──はあ、そんなわけがあるのか。いや、信じ難い話だ。幽霊は君の邪魔をするのかね。

 ──ええ、まあ黙ってみているだけですがね。気になりますんで。

 ──何もしてこない相手にびくついて酒に手を出していたんじゃ、仕方がない。町の人たちはね、墓掘り人の大事な仕事を取り上げたくて取り上げようってんじゃ、ないんだ……わかるね?

 ──そうですか……。わかりやした。町長さんがそう仰るんでしたら。墓掘りは天職ですんで」

 それから墓掘り人は約束通りに、仕事の後か休みのときにだけ酒を飲むようになった。

 しかし、死人というものはそうたくさん出るものでもなく、また同じ家から何人も一度に出るものでもないから、墓掘り人は町長に少し褒められた程度で、後は誰からも褒められるわけでもなかった。たいがい何でも、文句は言われても褒められはしないものだ。墓掘り人はおもしろくなかった。そして仕事の間中、幽霊が彼の周りをおもしろそうに見ているのも気にくわなかった。

 だから真っ当に仕事をしていた墓掘り人だが、魔が差してつい、酒に手を出してしまった。

 彼は口に広がる酒の味に笑みを浮かべた。幽霊のうち、いくつかの影がスッと消えた。

「ほら、この方がいい。どうせ俺が墓を掘るのを眺める奴もいないんだ。程々に飲んでおけばいいのさ、ばれやしない」

 そんな風に思って仕事をやり終えたのだけれど、それが天命の尽きるところだった。

 その日はいつもと違う酒の加減で仕事をし、いつもと違う墓穴ができていた。そして酒の量が、幽霊に足を引っ張られたのを気にしない程度には達していなかった。彼は地上に出ようとしたところで墓穴に真っ逆さまに落ちて、頭を打った。他人のための墓穴を自分のものにしてしまった。

 その死に顔は酒に酔ったまま昇天したようなもので、あまりにも陽気だった。酒を飲んで仕事をすることこそ、彼の天職であるための条件だったのかもしれない。

 けれどその陽気な笑顔は、死の尊厳も悲しみも抱え込んでいなかった。そしてそのために、神聖な墓掘り人の社会的立場は失われたのだった。

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2016年のごく短い小説 浅黄幻影 @asagi_genei

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