「富豪とストーブ」

「フォクス! イッツ ショウタイム!

 ──笑えるものでなければ人に非ず!

 この男、餓えも悲しみも知らずに育ち、苦労も疲れも感じずに過ごした幸福男。田舎の都市ながら、富みに富み、欠けることの知らぬ満月のような富豪の家に生まれた天下の寵児! 生まれがよくても運に恵まれなければ長続きはしない! そして彼もまた運を味方につけた男の一人。彼の仕事上の英断は見事に、ひとつ残らず「当たり」を引いた。ついてついてつきまくった。一族は笑った。笑いが止まらなかった!

 しかしある冬、そう、とてもとても寒い冬のこと。娘が悪い感染症を患ってしまった。その上、可哀想に治療法がなかった。一週間、熱と悪寒に苦しみ、リンパをひどく腫らしてそこから膿も絞ったけれど、最期には無念にも逝ってしまった。

 ──なぜ娘は死ななければならなかったのか?

 男は考えた。そして笑うことを忘れてしまった。しばらく考えた末に、彼は「すべては寒さのためだ」と答えを出した。実際、あのひどい寒さがなければ、体力の低下などの問題は解決できていただろうね。

「これからの時代には薪ストーブではなく石炭ストーブが必要だ。同じ病気に苦しむ人たちにも大事なことだ」

 そう踏んだ彼は一大投資にかかった。厚手の鋳鉄ストーブを組み上げる工場を一から建設し、それに対応した良質の石炭を精製するために鉱山や工場の権利まで押さえた。会社として、そして父として。

 フォクス! どうなったと思う? 男の事業者としての読みそのものは悪くなかったよ。けれど、あー、まさかしばらく暖冬が続くなんて読めなかった。明日の天気はわかっても、半年先がわかるかい? 誰だってわからないものさだ! ここで富豪は最初の痛手を喰ってしまった。

 一年後、どうやら今年も暖冬だとわかったとき、会社の幹部たちはストーブ事業を縮小すべきだと言った。誰でもそう思うだろう。まあ、僕ならストーブで使えるフライパンのセット販売を指示しただろうね!

 でも彼は方針を曲げない。むしろ強固にストーブへ改良を加え続けた。安全性、排気性、後始末のよさ。すばらしいと思うよ。世界はこうあるべきだ。彼のお金でストーブが効率よく燃え上がり人々を暖める。そして彼のストーブは人気になってもっと売り上げが上がる。誰も文句はない、そうだろうみんな? いや、僕はこの会社の回し者じゃないよ!

 実際、お金持ちがみんなに餓えや寒さ、悲しさなんかを乗り越えられるための発明をしてやったら、世界はずっとよくなるだろう。

 さあ、そんな人望厚き僕らの味方、大富豪の某氏だけれど、残念だけど死ぬことになった。本当に頑固者だったんだ! 彼は十年後にもまだストーブを設計し続けていた。自ら熱効率の専門家になっていたけれど、自分が加熱しすぎていたとは気づいていなかったようだ。

 そして運も尽きるときが来た。どんな運も尽きるものさ。加熱したストーブ事業への投資と、経済の冷え込みで会社が傾いた。彼は設計試作室から会社の執務室に戻って、毎日ずっと経理と話し込んで頭を抱えた。そして結果、健康を損ね、娘と同じ病気にかかって苦しんだ。

 ──笑えるものでなければ人に非ず!

 この男、笑うことのない苦労のストーブ制作に後年を費やし、そのために笑わずに過ごした今や悩みと負債の多い経営者! けれど 僕は彼こそ微笑みの人だと思う。なぜって、最期は自分の作った暖かいストーブの火を見ながら、娘を思って静かに死んだのだから」

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