「電話を待つということ」

 夜、カップ麺をすすり終えた僕は、その容器を片づけた後も、電話が鳴るのをずっと待っていた。いつの時代も電話を待つというのは楽ではない。

 帰ってからずっと、六畳一間の部屋の中心に電話をおいて、いつでも出られるようにする。風呂へ行っても洗濯機の上に置いておき、またキッチンでも冷蔵庫の上に置いておく。電話がいつ鳴ってもいいようにしているのだけれど、しかし、これがなかなか鳴ってはくれない。

(ピンポーン)

 ドアのベルのような着信音がしたけれど、それは目当ての電話の呼び出し音ではない。メールの着信音だ。数日に一度か二度来る、配信解除をするのも面倒な業者のメールだった。

 その気になればいくらかの装置とヘッドセットだけで、いつでも電話を受けられるようにできるけれど、それは御免だった。昼間をずっとコールセンターでつけているヘッドセットを夜にもつけるのだけは、精神的に耐えがたい。終わることのない電話加入の案件やお悩み相談の相手をしている僕には、それだけは耐えられなかった。

 仕事は彼女の方が忙しくて、だから僕はいつも待っているばかり。二人とも定時上がりの今日は、彼女と話せる時間が作れるはずだった。

 けれど、なかなか電話はかかってこない。カップ麺一個で満たした腹も空いてくる。夜はだいぶいい時間になってきていた。

(リリリ……リリリ……)

 今度こそ本当に電話がかかってきた。僕は慌てて画面をなでて電話に出た。

「いよお、元気してるか。俺だ」

 よく見てないで電話に出たので、相手が親父だと気づかなかった。

「あ……悪い。今、ちょっと他の電話を待っていて……。

 ――なんだ、久々に電話したのに冷たいじゃないか。ちゃんと食ってるのか」

 僕は親父の話に合わせながら、なんとか電話を切ろうと必死になった。そんなところに、今度はメールとは別のメッセージの着信音が鳴った。もしかしたら彼女からのメッセージかもと思ったけれど、とにかく親父の電話を切らなければなんともならなかった。

 数分の格闘の後、僕は通話を終えてメッセージを見ることができた。それはやはり彼女からのものだった。

『今夜は遅くなりそうだから、また今度にしてもいい?』

 僕は時計を見た。確かにここから話し込むにはもう遅かった。残念なことだった。僕は彼女にメッセージを送り、また日が合うときに、ご飯を一緒に食べにいきたいとねと伝えた。

 その日はそれで終わった。電話というのはこれだけ便利になったくせに、二人の距離は何とも遠い。僕が聞きたいのは君の声だというのに。

 いつの時代も電話を待つというのは楽ではない。

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