高校2年生

 鈍色の空に小さなプラスチックをかざしてみる。水色を混ぜ合わせても、空はなお憂鬱な色をしていた。こういう色をなんというのだっけ。


「雨だよ」


 屋上の入り口にはクラスメイトの女子が立っていた。もうずいぶん暖かくなってきたのに、そのクラスメイトは衣替えし忘れていたのか、厚ぼったいグレーの冬服のままだった。フェンスにもたれた僕の真っ黒な学ランの肩で小さな水滴がはねた。


「雨女」


 ぽそりと毒づくのを、ふん、と鼻であしらって彼女は僕と同じようにフェンスにもたれて、座りこんだ。一人分空けて座った彼女はいつもより青白い顔をしているように見えて、なんだか痛々しかった。


「なにチラ見してるのよ。スケベ」


 前を向いたまま吐き捨てるように言った。僕らはそれからしばらく、目も合わせず、会話もせず、なんとなしに灰色の空を眺めていた。ぐずついた空模様だが、本格的に雨が降り出すこともない。そういう生温さの中で、彼女は何かを憎むように睨みつけていた。

 やがて堰を切ったように大粒の雨がバラバラとコンクリートの床を叩き始めたのをきっかけに、僕らは屋根のある屋上の入り口近くにまで移った。彼女は制服についた水滴を小さなタオルで払うようにぬぐっていた。


「なんか、あった?」


「別に」


「そう」


 それから少し間をあけて隣から、はあああ、と大きなため息が漏れた。


「なんか、疲れた。あんたにいっても仕方ないけどさ」


「うん」


「……それだけ」


「うん」


 しばらくそのクラスメイトは俯いていたが、やがてむくりと顔をあげると、ギリと灰色の空を睨んだ。


「うああああああああああああああああっ!」


 前触れなく叫んで灰色の水のカーテンの向こうに駆け出していった。激しい雨音に搔き消えそうな叫びを、僕は呆然として聞いた。その叫びは、世界を覆う灰色を蹴ちらそうとするように荒れ狂い、何かに叩きつけるような絶叫だった。なんどもなんども叫び、だんだんと弱々しくなっていき、やがてそれは潰えた。僕はそれを終始屋根の下から見ていた。

 そのクラスメイトは灰色の中から戻ってくると、一言だけ吐き捨てた。


「別に、たいしたことじゃないわ」


 次の日、放課後の教室に二人のクラスメイトの姿があった。女の方が何か小さな声で言って、それから男の方の頰をひっぱたいていた。


「見てた?」


 放課後の屋上にやってきた彼女は、頬も瞳も真っ赤だったけれど、いつもの青白い顔よりはずっと魅力的に見えた。


「やるじゃん」


 僕らはどちらともなく手をあげて、肩よりも少し高いところでパシンと小さく音をたてた。それから彼女は少し恥ずかしそうにうつむいたから、僕はそれを見ないふりした。空は相変わらず灰色だったが、雨はまだ降りそうになかった。

 次の日、教室に現れた彼女は夏服に袖を通していた。


「ねぇ、水色に灰色を混ぜ合わせたような色、なんていうか知ってる?」


 僕はふと思い出して尋ねてみた。あの曇り空に重ねられた水色の定規はずいぶんとくすんだ色をしていた。


「浅葱色、かな」


「あさぎ色?」


「地味だけど、よく見ると意外といい色なんだよね」


「そうかなぁ。憂鬱な感じがしない?」


「そこがいいんじゃん。はじけそうなくらい明るい水色と憂鬱な灰色でできた不思議と魅力的な色。それってそのまま青春そのもの、みたいじゃない?」


 青春なんてものは今の自分を素通りして誰かのところにいくものだ。そう思っていた。しかしなぜだか彼女のその言葉はすとんと胸に落ちた。今まさに青春を走り抜けた彼女の実感が強くこもった言葉だったからかもしれなかった。

 珍しく子どもみたいに無邪気な笑顔で笑った彼女だったが、不思議と僕よりも大人に見えた。

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