川面に灯をともす
祖父の晩年、身体の自由がきかなくなり
なかでも好きだったのは夏至の祭りの話だ。一年でいちばん短い夜、ひとびとは町のあかりをすべて消し、ごく小さなろうそくを乗せた笹舟を手にして広場に集まる。
祭りといいつつ、ふしぎな
―*―*―*―*―*―*―
十五か六かの、冬の晩だった。私は父とけんかをして家を追い出され、小雪がちらつくなかをあてどなく歩いていた。いつのまにか夏至の祭りでつかう山道に迷い込んだ。行く先には河原しかないが来た道を戻るのも
おどろいたことに、河原には人の姿があった。
彼女は村へつづく道へ、つまり私のいるほうへ歩いてきた。
幽霊かと思って怖くなった。あわてて声をかけると、はじめて私に気づいたとでもいうように彼女は立ち止まる。
「ここでなにをしていたんですか」
「
「こんな真冬に?」
吐息が聞こえ、彼女の顔のあたりが白くけぶった。
「いまじゃあたしくらいだけれどね、昔は月が満ちるたびに来る者も少なくなかったんだよ」
「月……なにか関係が?」
夏至が満月の日とは限らないではないか。
「松明を持たずに歩けるからさ。かつては今より、あかりは貴重だった。そのぶんだと、灯を流す意味も知らないね」
彼女は村へ帰る道すがら、夏至の祭りの由来を話してくれた。
「近ごろはすっかりおとなしくなったが、この川はよく荒れたんだよ。村じゅうの家を根こそぎ流されたこともあったって話だ。そりゃあ人も多く死んださ。そういうことがあるたびに、村では娘をひとり、川の神に捧げた。河原と村とのあいだに木と
いや、と首をふると、彼女はそうかい、とかるく笑った。
「あそこに娘が生きているうちは、川が荒れることはないんだそうだよ。さて、前に
「五十年近く前だと」
村の子供なら授業で聞かされるが、もはや爪痕はどこにも残っておらず、私にとってはとても遠い歴史上のできごとだった。この老婆も、当時はずいぶん若かっただろう。
「そうとも。あたしは十八、妹は十五だった。
つまりあたしの妹はまだあの島にいるんだろうね。彼女は木立を透かして川のほうを見やった。離れて生きている肉親を思うような口ぶりだった。そこらの森から食べ物を得られる土地ではないから、村をつくって畑を耕し、ささやかな港をこしらえて漁に出るのだ。女ひとりで島に流されて五十年を過ごすなど現実的ではない。
「どうやってひとりで、そんな小島で生きていられるっていうんです」
「神の花嫁なら、どうにだってなるだろうさ」
しんしんと冷える夜更けにもかかわらず、薄い衣いちまいで彼女は平然と歩いていく。土に汚れた素足は木の根にも引っかからず老いた身体を運んでいく。小さく丸まったその背中ごしに、私は彼女の声を聞いた。
「灯を流すのはな、あたしらが花嫁さんを想ってるってことを知らせるためだ。忘れてなんぞおらんよ、ってな。あかりがよく見えるように村では家の火を消しておく。笹舟は川の流れに乗って通りすぎてしまう。いっときのなぐさめにしかならないだろう。だが、ここにあたしが、人であったあの子を憶えている者がいることくらいは知らせてやれる」
話をきくうちに、彼女からにじむ寂しさが胸にしみて痛んだ。私はたんなる祭りのならわしとして灯を流してきた。本物の祈りをもってそれをおこなう人がいるとも知らずに。
「では、祭りにもう意味はないんですか。私たちは、どうして川の花嫁のことを知らされないまま灯を流すのですか」
彼女はしずかに首をふった。
「もう贄は出さんことになったからな。古い時代の悪習だと。町のほうでは川を
彼女は山道をくだりきらずに足を止めた。村のはずれもはずれ、なかば森にうもれたあばら屋が彼女のすみかだった。私たちは別れのあいさつを交わし、それから二度と会うことはなかった。
私が出稼ぎで村を離れて数年後、村をひどい水害が襲った。父母もきょうだいも失った。しばらくは友人からの便りもあったが、川はたびたび荒れて家を壊し人をさらい、やがて村そのものが地図から消えた。かくして私は故郷をなくし、ここで生きてきたというわけだ。
―*―*―*―*―*―*―
たとえば嵐の夜、寝床で眠れずにいるとこの話がふとよみがえる。あたまのなかで、甘く苦く祖父の声を味わうとき、わたしもその村の血を継いでいるのだと考える。女性を島に流して川が鎮まるとは思わない。ひどいならわしだと
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