三題噺「移動要塞」「花束」「詠む」

 天候は晴れ。夜明けの地平線は霧に霞んで、都市を形づくる石の城壁はまだ半身を闇の名残に浸している。眼下を青い草原が駆けていく。磁針で進路を確かめて息を吐いた。このぶんならば無事に交代を迎えられそうだ。


「運転手さん、おはよう」

 いとけない少女の声がした。物見台は開放的だが、操縦区画に一般人は入れない。そも、移動要塞乗りを運転手などと気軽に呼ぶのは彼女しかいない。

 振り向けば、年端も行かぬ姫君が曙光色しょこうしょくの衣を風にはためかせて立っている。

「姫、いかがいたしましたか」

「新しい魔法を詠んだの。見てくれないかしら」

 彼女は花弁のような唇をひらいた。音韻がこぼれる。

 白い蝶々が現れて柔い手の肌に戯れる。私のもとにも蝶は流れて、指で追えば彼女は屈託なく笑う。


「ではわたくしからもお返しをしましょう」

 芸のない定型詠唱に僅かに色をつける。私の手には姫君の衣に合わせた彩りの花束が生まれる。

「すてき。ありがとう」

 こうして年相応の魔法だけを扱っていてくださったならば、どれほど良かっただろう。

 あと半日で敵陣が射程に入る。戦闘が開始され、姫は城の中枢に入る。

 姫君が周辺国の人々に何と呼ばれているかは知っていた。無垢なる死神。邪王の傀儡かいらい

 幼い魔法使いは、たぐまれなる才を父に言われるまま侵略に使う。銀の槍を降らせ、幾万個の爆薬を構築する。破壊した都市に自らと同じ赤き血の巡る人々が住んでいたことを、彼らにも愛する家族のあったことを、姫はいつか知るはずだ。


「じきに魔石鉱ませきこうがたくさん手に入るとお父様がおっしゃってたわ。運転手さんもお給料が上がるかしら」

 真実を告げれば彼女は国を変えようと思うだろうか? 思いながら私はただ笑みを返す。口を滑らせれば処刑は免れない。

 いずれにせよ手遅れだ。姫君の手はすでに怨嗟えんさに満ちた血で染まり、私は掠奪りゃくだつ殺戮さつりくの片棒を担いでいる。朝日が目を射る。地の果てに次なる戦場が見えた。

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