ひかりに染まる

 小鳥は明るむ空へ飛び上がり、畑を見おろす大木の枝にとまりました。月はまだ金色に光っています。畑には、露を浴びたつぼみが今にもほころびそうに膨らんでいました。集落からは籠を背負った女たちが連れだってやってきました。山のきわはもう白々と輝いています。

 太陽が投げかける最初の光を浴びて、小鳥は羽をふるわせました。広大な畑のつぼみはいっせいに、真っ白くやわらかく薄い、幾重にもなったはなびらを開きます。女たちはそろって畑に踏み入り、麻布をかけた籠に手折った花をいれてゆきます。花についた露が跳ねて、まだ新鮮な朝の光を散らしました。太陽が東の山の峰と同じ高さになる頃には、残らず摘まれて畑は再び静かになりました。


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 集落では朝の食事の支度が始まっています。小鳥はおこぼれを求めて煙のたつ方へ飛んでゆきました。さきほどの女たちは岩場に作った真っ暗な蔵のなかに、花で満たした籠をおさめています。誰かがこぼした一輪が日差しに白く透けていました。

 小鳥は穀物の余りをついばんで、ちいさく鳴きました。ひとびとは今日の仕事にむけてせわしなく動いています。農具の手入れをしたり、狩猟のための道具をそろえたり。摘んだばかりの花のことは、誰もが忘れているようでした。こぼれた一輪は気にもかけられず、強くなる陽光に照らされて薄く紅色を帯びはじめました。

 子どもたちの騒ぐ声が大きくなってきました。小鳥はもとの木のところへ戻って、目を細めて集落を眺めております。


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 太陽はどんどん昇り、昼が過ぎて夕方になりました。落ちていた花は燃えるような赤に染まってしまいました。また食事を作る匂いがしてきます。男たちが持ち帰った獣の肉を焼いたり燻したりしていましたので、剣呑な感じをおぼえて小鳥は近づいていきませんでした。やがて白かった月が金色に輝きはじめ、太陽は西の森に姿を隠しました。残照だけが村の姿を浮かび上がらせています。空はもう深い深い青です。

 女たちは岩場の蔵の扉を開けました。籠の中の花を次々とたらいに移し、井戸水を注いで素足で踏みはじめます。ちょうど秋に、山ぶどうでお酒をつくるときのようです。白い花はつぶれても足先を染めてしまうことがありません。水はかすかに濁りますが、まっさらな布で漉すとほとんど元の水と同じようになりました。

 集落でいちばん大きな家から、白い布がどんどん運び出されます。花の汁を漉した液によくひたし、太い紐と木や竹で出来た道具を上手に使ってぴんと張りました。空がすっかり暗くなり星がつめたく照り始めるころ、たくさんの布を残してみんな家に入ってしまいました。


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 また朝が来て、小鳥はさえずりながら木のまわりを飛びます。畑にはまた花が開いていて、女たちは籠を手に動き回っていました。白い布はすっかり乾いて爽やかな風に吹かれています。

 籠を蔵に納めましたら、常と同じ時間が流れ始めます。食事を終えたらそれぞれの仕事へ向かってゆきます。白い布には太陽の光がさんさんと落ちて、やがて色を変えはじめました。穀物で作った糊で描いた模様を残し、さらの部分はだんだん薄紅に染まってゆきます。

 太陽が天のいちばん上を通り過ぎるころには、布には鮮烈な赤が染め付けられていました。女たちはそれらを取り込み、川へと向かいます。清流に布をさらしてよく洗えば模様つけに使った糊がとれるのです。こうしてあでやかな布が出来上がりました。

 またこれをぴんと張って乾かせば、ほかの土地にも売りにゆくことができます。こうまで鮮やかな布は珍しく、どこへ行っても良いものと変えてもらえました。

 そろそろ日が暮れはじめ、煮炊きの香りが漂いはじめます。


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 夜も深まったころ、月明かりに照らされてまたつぼみは膨らんできました。花染の季節はまだ始まったばかりです。

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