桜吹雪のまんなかで
一本しかないホームに降り立つ。屋根のない最後部ではきらきらと四月の陽光が降り注いでいる。頬を風が撫でる。薄紅色の花びらが数枚、視界を通り過ぎてゆく。線路の両脇にはソメイヨシノの並木がある。儚げに、しかし重たげに枝を震わせて花びらを散らしていた。
地元を出るときに寄ったジューススタンドで飲んだブルーベリージュースがそんなすぐに効くはずもなく、コンタクトレンズをを装着した両目はすでに疲れを訴えてくる。ベンチで鞄を下ろしてカメラを取り出す。レンズを確かめていると、セーラー服の少女が駆けてきた。仔猫のような弾む足取りは下手すれば今日の陽射しより眩しい。
俺に気づいたそぶりもなくホーム最後方まで走る。電灯を取り付けたポールだけがポツンと立っていて、その下でカバンから携帯端末を取り出す。何か操作をして耳に当てた。若い子は電話が苦手と何かで聞いたが。
純朴そうなその子に興味をひかれて手を止める。
「……先輩?」
風はこちらに向かって吹いている。呟くようなひとことも耳に届いた。盗み聞きなんて趣味が悪い。思いながらも甘酸っぱいワードに胸が熱くなる。
少女はセーラー服のスカーフをそわそわと触りながら次の言葉を探している。
「あの」
顔が赤らんでいく。息継ぎ。
「きのうの、お返事なんですけど」
あぁ、こっちの息が止まりそうだ。
「先輩にはずっと憧れていて、なんかその、そういうのはあんまりよくわかってないんですけど。ホントにわたしでいいのかなって思ったりとか」
相手が何か答えたのか、間が空く。
「ありがとうございます……できるなら、先輩にわたしのことをもっと知ってほしいし、わたしも先輩のことをもっと知りたいと思って、そう思えたから」
風が強くなる。花吹雪はいよいよ輝いてホームに降り注ぐ。
「だから、あの、よろしくお願いします!」
少女が誰もいない正面に思い切り頭を下げた。電車の到着を告げるアナウンスが入る。何かまだ話しているようだが、もう聞こえない。
花びらを巻き上げて車両が滑り込む。切った電話を胸に抱いて、少女は軽やかにドアへ消える。
思わず見上げた空は、あまりに青く澄んでいた。
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