星降る村の祭について

「お祭ってさ、提灯とか松明とか花火とか、光を使うのが多いじゃない。そこへくるとうちの村ってちょっと変だよね」

「あー、逆だよね。灯り全部消すし」

 八月末。体感としては晩夏、暦の上では秋の、祭の日。山あいの小さな村は、夜ともなれば涼しさを感じる。神社の裏手の石段に腰かけて千華子とベビーカステラを分け合う。苔むした石はひんやりと湿っていて、膝の上に置いた紙袋の温かさに安心する。夕暮れの雑木林のなかに、提灯の灯りがぽつぽつと並んでいる。

 薄い紙袋をかさかさ言わせて、千華子はベビーカステラをつまむ。つやつやの赤いネイルが良く似合う。服装はボーイッシュだけど、私なんかよりずっと女だ。美大生だからセンスも十分。欲を言うならつまむのはお菓子じゃなくてグミの実がいい。ちょうど今日のネイルとおんなじ色。旬はとっくに過ぎてしまったから仕方がない。ねっとりと甘酸っぱく、ほのかに渋い実が懐かしかった。

 私の実家の庭で取ったグミを山の中で食べたのを思い出す。木登りばかりしていた小学生のころから時間はあまりに長く過ぎていて、そろって都会に進学してしまった私たちを村人たちはシティガールと呼んだりする。

 夏休みの帰省でも、帰ってこない若者は多い。都市部の刺激に慣れた人たちには何もない村は退屈だろうか。私なんかは街の暮らしに馴染みきれずにいつも故郷を懐かしんでしまうのだけど。

「そういえば千華子は機娘はたむすめをやったことがあったんだっけ」

「うん、小学生のころ。前の年から機織りの練習させられて、ちょっと面倒だなって思ってた。しかも腰にベルト回してたて糸を張るやつだもん。いま考えると、すごい経験なんだけど」

「伝説の中の女の子を演じてたんだもんね」

 祭の由来となった古い物語。いわく、父を亡くし病身の母を持ち、ひとり機を織って生計を立てている娘がいた。貧しくて高価な糸は買えないから売ってもたかが知れている。昼も夜もなく仕事をしたが、火をたく余裕もなかった。たとえ月が明るくとも手元をはっきりと見ることがかなわない。

 それを不憫に思った神様が旅人に身をやつして娘の家に訪れた。娘は自分のわずかばかりの食べ物を分けた。引き換えに神様は消えない灯りを授けるのだ。それは触れても熱くなく、夜でも細かな作業ができるほど明るかった。

 噂はほどなく村中に伝わり、羨ましがる者が出てきた。娘は神様にいただいたものだからと一度は断ったが、結局貸してしまう。順繰りに村人の家を回ったその灯りは最後、独り占めしようとした一人が娘を殺したことで消えてしまった。神様も山の深くにお隠れになり、村は数年にわたって飢饉に苦しんだという。

 その伝承を再現するのがこの祭だった。日が完全に落ちたらすべての灯りを消し、神社の境内にある小屋で少女に機を織らせる。満月に合わせてはあるが手元はほとんど見えない。布の質はとくに問題にならないが、ある程度練習しないと何もできない。だから、前の年の祭が終わってすぐに次の機娘を決めるのだった。

「私さ、和葉かずはが選ばれると思ってたんだ。品行方正な優等生って感じだったし」

「まさかぁ。私の図工の成績知ってたら、誰も選ばないって」

「だって上手にできればいいってものじゃないんでしょ」

「最低ラインはあるってば、たぶん」

 千華子が空を見上げた。ほとんど真っ暗になってきている。

「そろそろだね」

「うん、やっぱり外で見てる方がわくわくすると思うな」

「そりゃ、機娘は主役だから失敗できないし」

「失敗が何かっていうのもよくわかんないけど、緊張はしたよね」

 中身のない会話をしているうちに、一斉に灯りが落ちた。見上げると木々の間から星空が覗いている。影になっている枝葉よりも二段ほど明るく、青を帯びた空。大小の星は赤く蒼く、あるいは白く瞬いていた。炎がゆらめくように、本当に光がちらちらと震えるのだ。

「あ、わかった」

「なにが?」

「帰ってくると落ち着くのって、暗いからかも」

「街はずっと明るいもんね。昔は神様しか作れなかった灯りがこんなにありふれてて。蛍光灯もLEDも、昔の人からしたら魔法だろうなぁ」

 目が慣れてくると、砂粒のように小さな星までよく見えた。天の川が刷毛でひいたように広がっている。千華子がベビーカステラに手を伸ばしてくる。私は長いまばたきを一つして、ため息をついた。

「たまに眠れなくなるんだ。夜でも車とか人とか動いてて。その点ここは良いよね。コンビニも八時まで、車も夜中はほとんど走らない。おまけに年一回はこうやって真っ暗になるんだもん」

「ほんと、日本に住んでるほとんどの人は本当の星空を知らないと思う」

「日本一星がきれいと言われている場所は全然ここじゃないけど、今日この瞬間に限ればいちばんだったりして」

 郷土愛と呼ばれてしまうのは腹立たしい気もするけれど、たとえば子どもができたとして、本当の星空を見せに帰ってきたいとは思うのだ。

「和葉、私さ。近いうちにこのお祭を撮りたいんだ」

「映画?」

「うん。たぶん遠くない未来、過疎化が進んで立ち行かなくなる。子どもがいなかったら機娘も出せない。だからきっと途絶えてしまう。実際の神事を撮るんじゃなくてもいいんだ。こういうお祭があったんだって、自分の手で残しておきたい」

「映像じゃ星空って見せられないんじゃなかったっけ」

「もう考えてあるよ、そのくらい。最後のシーンは写真を使う。映像だって写真の集合だもん。何千枚でも写真撮って、動かしてやるんだ」

 まっすぐに愛着を示せる千華子が眩しくて空から視線が外せない。灯りが戻るまであとどれくらいだろうか。名残惜しさに息が止まりそうになる。頭上には、降ってきそうな無数の星屑。あるいは自分が吸い込まれて落ちてしまいそうな。私も千華子も、もう何も喋らなかった。

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