ようこそ、我が部へ!

 中間管理職のおっさんにしか見えない花村先輩が講義室の前で待ち伏せていた。新歓やるぞと肩を組まれ、居酒屋にでも行くのかと思ったら部室だった。


 本で埋まった壁に囲まれた狭い空間。学校机を四台くっつけて、中央にカセットコンロが置いてある。これでもかと積まれた豚肉と、無駄に豪勢な野菜がまわりを取り囲んでいる。


「月島くーん、待ってたよ! 本日の主役!」


 サークルの紅一点、風間先輩のテンションが高いのはいつものことだ。運動音痴なのにダンサー並みにスタイルが良く、筋トレマニアの鳥井先輩は神様の不平等をたまにぼそりと嘆く。

 その鳥井先輩は鍛えた身体の割に華奢な指でコンロを点ける。上に乗せるのは歪んだアルミ鍋。青い樹脂の取っ手もなんだか独創的な形になってしまっている。

 一度沸かしたのか、透明な液体からは湯気が立っている。中に沈んでいるのは昆布がひとかけら。

「しゃぶしゃぶですか?」

「出汁とかじゃないんだーって思ったでしょ。これがねぇ、良い肉と良い野菜から出る味が最高だから余計なものはいらないんだよー。コンブは入れちゃうんだけどねー!」

 風間先輩は聞く前から色々教えてくれる。鳥井先輩は寡黙だし、花村先輩は勝手な憶測ながらコミュニケーションが下手だ。良き先輩を演じたいのはひしひしと感じるけれど。かくいう俺は長年、クラスの日陰者代表だった。

 つまるところ、この部室での会話の八割は風間先輩が支えている。頭の下がる話だ。


 沸騰までにそれほど時間は要さなかった。風間先輩は過度に装飾的な動作で箸を取る。いわゆる「あざとい感じ」ってやつだろう。幼馴染なハイスペック彼氏がいるという彼女にそうした行動を取らせる理由は思いつかない。癖だろうか。


「豚肉だからよく火を通してねー」


 語尾に星でもつきそうな口調で言われても、内容は過保護な母親である。


 赤さを失っていく肉をぼうっと眺めていると、先輩がたは何やらトーストを齧っている。黄緑色に粒々が入ったペーストの上に、溶けたチーズがかかっている。


「何食べてんですか」

「これはねー、キウイチーズトースト。味はまぁまぁだけど、タネの食感がいただけないなぁ」

「どうしてそんなものをしゃぶしゃぶのお供にしようと考えちゃったんですか」

「花村がキウイの酵素で肉を柔らかくするとか言うからー。あっ、果汁だけ使ったから、このトーストは肉味じゃないよ!」


 花村先輩がビクッと身体をこわばらせる。触れない方がいいのかもしれないが、好奇心に負けた。


「……で、どうなったんです? これ、普通の肉みたいですけど」

「やっぱしゃぶしゃぶにはミスマッチすぎたから、あたしの明日の夕飯に、トマト煮込みでも作ろっかなって」


 共同で買った食材を独り占めされたらしい。花村先輩は実家暮らしだし、鳥井先輩は脂身多めの豚肉なんて進んで口にはしないだろう。


「月島くんは煮えたら食べてていいからね!」

「はあ、ありがとうございます」

「ポン酢とゴマだれ、どっちがいい?」

「あ、ゴマだれで」


 器は全部不揃いだった。僕のは鍋より煮物が似合いそうな小鉢、風間先輩は手のついたスープ皿、鳥井先輩は丼、花村先輩はなぜかガラスのボウルだ。気を使われているのがわかる。


 熱々の肉を吹き冷ましていると、鍋に大量の野菜が投入された。白菜、水菜、春菊。


「野菜すごいですね」

「おじいちゃんが送ってくれるんだ! 新鮮だよー」


 言葉の通り、野菜は全部スーパーで売っているのとは比べものにならない程しゃんとしている。


 ひとまず肉を食べる。いい肉というのはあながち嘘でもないらしく、甘みのある脂とふんわりとした食感。


 野菜もありがたく頂く。一人暮らしを始めたら、あっという間に穀類と油脂に偏った食生活に転落したものだから。

 シャキシャキとした水菜や水分をたっぷり含んだ白菜も良いが、春菊が意外なおいしさだった。クセのある香りはあまり強くなく、甘味と爽やかな香りがある。これが新鮮さのなせる技ってやつ?


 僕の食べる速度に不満でもあるのか先輩たちは次々と器に肉や野菜を放り込んでくる。わんこそばじゃないのに。


「こうやって歓迎会すると、いよいよ月島くんもうちの部の一員って感じだねー」

「あんまり活動について詳しく聞いてないんですけど、イベントとかあるんですか?」

「うんうん、あるある。たとえば合宿!」

「……四人で?」

「ううん、違うよー。合宿向きの宿ってこの人数じゃムリだもん。零細サークル連盟ってのがあって、合同で宿を取るんだ。最終日にはそれぞれの活動報告もあって楽しいよ。活動内容もみんなバラバラだしね!」

「カオスな予感しかしないです」

「あとねー、学園祭では模擬店出す!」

「部誌でも売るんですか?」

「まぁそれもあるんだけど、いちばんはフライドポテトかな!」

「フライドポテト」

「毎年新しい味を出すんだよー。チョコ味とか」

「紙モノとの相性めちゃくちゃ悪そうですね。油飛びそう……」

「大丈夫大丈夫! 部誌は袋に入った状態で販売だし」

「もはやどっちがメインか」

「だからポテトだってば」


 茶番の間にも箸は進んで、食材はみんな胃におさまった。さすがにかなりお腹いっぱいだ。鍋には透明な脂が浮かび、いつのまにかお湯はごく淡い琥珀色の出汁に変化している。


「シメは別腹、だよね?」


 風間先輩の上目遣いに落ちたわけでもなく、うなずく。


「フツーは雑炊だろうけど、今回はあたしのイチオシ! じゃじゃーん、おうどんでーす。お皿に残ったタレは一回捨ててね。キッチンペーパーあるから、ちょっと拭いて」


 言われるままにするうちに、うどんの玉は鍋の中でほどけていく。風間先輩が食べ頃ちょうどでよそってくれた。出汁をかけて、手品のようにペッパーミルを取り出す。


「では魔法をかけまーす」


 ひきたてのコショウとひとつまみの塩。うどんは豚肉と野菜の旨味をたっぷりと吸っている。コショウがぴりっと味を引きしめる。本当に別腹だった。多分、二玉くらいは食べた。


「ごちそうさまです!」


 やけに晴れやかに言ってしまって顔が火照る。けれど誰も嗤ったりしなかった。最後は先輩三人が声を揃えてくれる。


「ようこそ、我が部へ!」

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