11.武術・摩天楼・蹴(六題噺:雪・花畑・寝起き)
「好きなものの話、もっと聞かせてほしいです」
ようやく、お茶碗からすべての米粒を取れた。食後のお茶を淹れてくれながら、奥さんは顔を明るくする。お花畑もかくやというほどの晴れやかさだ。
「ありがとう、興味をもってくれるなんて嬉しいわ。ねぇ、良かったらあなたの好きなものも教えて?」
急に水を向けられて言葉に詰まると、旦那さんがさらりと口をはさんできた。
「僕は武術なんかも好きだなあ」
なんて、おもむろに立ち上がってやぁっという掛け声とともに蹴りをくりだす。
「ちょっと、まだ食事の席ですよ」
冷たくたしなめられても気にするそぶりもない。笑ってしまいながら、私も思いつきを口にする。
「私、風景を眺めるのが好きです。こちらみたいに自然と暮らしが溶け合っているところも、手のついていない場所も。それから、人の手で作った精緻な街も。夜の摩天楼のきらめきも、山奥で眺める吸い込まれそうな星空も、違う温度の光で好き」
「そうね……自然の強さには勝てないし、圧倒されるけれど。人間の生み出すものもまた、時折はっとするようなひたむきさがあるわね。だから、集めたくなるのかもしれない。後ろに作り手の息遣いを感じて、消えてしまう前につかまえたくなるの」
すっと沈黙がおりた。あまりに静かで、呼吸が耳に響く。
「静かね。雪でも降りはじめたかしら」
「ちょっと見てくる。降りはじめたなら早く寝ないとな」
旦那さんが襖を開けると、冷え切った廊下の空気が畳のすぐ上を通る。
「もしかして、朝から雪下ろしですか」
「いえ、たぶんそれほどは積もらないでしょう。あの人ね、雪の日は寝起きが悪いの」
奥さんはいたずらっぽく笑うと、どうぞお風呂を使ってね、と付け加えた。
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