家に帰るなり車に詰め込まれ、一時間後には山あいの高速道路を走っていた。冬枯れの山を大粒の雨が濡らす。運転席のお母さんは苛立たしげにワイパーを動かした。すれ違う車もなくて、変わらない景色に飽きて目をつむる。雨音とワイパーの音、カーラジオからはクラシックが流れてくる。

「あんたの喪服、もっと早く買っとけばよかった。とりあえずスーツ入れといたから、あっちではそれを着てね」

「じいちゃん、ほんとに死んだの」

「そうよ」

 答えは素っ気ない。自分の親じゃないからか、お父さんより早く田舎に行くはめになったからか。仕事が終わってから向かうと言っていたそうだけど、何時になるだろう。

 じいちゃんの家は古い日本家屋で、梁や柱の木目を指でなぞって遊んだのを覚えている。広くて、廊下の隅にはうす闇が巣食っていて、少し不気味な魅力があった。じいちゃんのはげ頭を思い出す。しわしわの笑顔も。それから、板張りの書斎を本で埋め尽くしていたことも。古いモノの匂いで満ちた部屋だった。いちばん好きだったのはずっしりとした文机。使い込まれた表面は艶を帯びて、抽斗のかねは緩やかな鯖を生じていた。あの文机は、主人をなくしたいまも静かに佇んでいるのだろうか。

「お母さん、じいちゃんの文机おぼえてる?」

「えぇ。それが何」

「あれ、もらってもいいと思う?」

「今言うことじゃないでしょう、あちらでそんなこと口にしないでよ」

 嗜めるというよりも詰る調子だった。ごめん、と呟いて窓に目をそらす。雨が強くなっていた。ガラスの表面で枯野がにじむ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る