いつだって、僕らの距離は

 魔王は倒した。世界は平和になった……んじゃないかな、多分。

 踏み込みのわずかな差と、あまりに大きな腕力と技術と度胸の差で、彼女は勇者になり、僕はお供となったわけで。

……というか、本来そういうポジションだったと本当に思う。

 お供にも、国からご褒美は出るかもしれない。が、それでずっと今後安楽に暮らせるのか、という部分には自信がない。

 何しろ、僕は何もしていないのだ。

 僕は剣の持ち主だっただけで。

 もしかすると、僕は単純に彼女の『武器』であることが役割だったのかも、と考えたりもする。彼女にも、剣は振り回せたのだから――何も切れなかったにせよ。

 僕の役目が終わったからには、次は今後のことを考えなければいけない。

 きっと、村の畑は荒れているだろう。最悪、家ごと畑がないかもしれない。この先無一文の生活が待っていたらどうしよう。というか、ここから無事に故郷の村まで帰れるのだろうか?

 何より、彼女は勇者になった。もしかするともう一緒に旅をすることも、並んで歩くこともなくなるのかもしれない。

 こぶし二つ分の距離が、果てしなく遠くに僕らを隔てた。彼女は僕を置いて、きっともっと遠くに行く。僕は、それを見送らなければいけない立場にあるのだろう。

 うん。これから、どうしよう……。

「どうしたの?」

 彼女に尋ねられたとき、僕は多分とても悲痛な表情を浮かべていたと思う。

「あー……」

 まさか、ストレートにその不安を言えるわけもない。

「……これから、どうやって生活しよう? この部品の宝石と幸運のお守り、売ったらしばらく暮らせるかなぁ?」

 僕の言葉に、彼女はしばらくきょとんとしていた。

 そして。

「なーにいってんの、世界を救った勇者様♪」

 ぽん、とこぶしで僕の胸板を叩いてきた。

「はぁっ!?」

 その言葉に、僕は相当素っ頓狂な声を出してしまった……と、思う。

「い、いやいや待て待て。魔王にトドメさしたの君だろ、何で僕が勇者になるのさ!」

「だってあの剣、勇者が握っていないとただの剣じゃん? あたしがぶん回す間、ずっと剣を握っていてくれたから、魔王倒せたのよ?」

 彼女が真顔で言う。

 ええ、と。それは確かにそうかもしれない。けれど。

 あの。

(剣ごと振り回される恐怖、わかってる? 僕、体が宙に浮いたんだけど。手を離したらあれ、途中で吹っ飛ばされて絶対死んでいた自信しかないし! それはそれはもう必死にしがみついていたんだよあれ! 何があったのか実は何一つ覚えてないし!)

……という言葉は、彼女の真剣なまなざしに気おされて、のどにつっかえたまま出てこなくて。

 そんな僕を見て、彼女はふわぁっ、と笑って、こう言った。

「だから、これからの周りへのご挨拶とかよろしくねー。きっと明日から忙しいよー☆」

「まっ、ままま待って待って、僕が人前で喋れないの君も知って」

「あー、体が痛むわー、あたし寝てないとー」

 彼女は笑いながら、毛布にくるんとくるまって距離をとる。


 いつだって、僕らの距離はこぶし二つ分。

 でも、こうしてじゃれあっているときは、こぶしでぽかぽか叩き合う距離も悪くない。

……なんて、悠長に考えることはやっぱりできず。

「ひーきょーおーもーのーーーー」

 僕の涙ながらの抗議は、暮れ行く空に吸い込まれていった。

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いつだって、僕らの距離は ひょーじ @s_h

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