後編
体育祭も終わり、立て続けに文化祭の準備が始まって休む暇のなかった日々も終わる。
今日は十月十五日。文化祭の最終日。時刻は午後一時。
涼平は、文芸部の部室で店番をしていた。だが涼平にやる気はない。
客が来ないのだ。
***
文芸部の部室は校舎の隅のほうにある。部室の周りの教室は、準備室などのあまり人が来ない場所にある。
一応、文芸部員達がそれぞれの家族や友達に声をかけてみては、という話になったのだが、文芸部が売る文集はBL短編集だ。とても言いにくい。
そんな訳で、文集は一つも売れてない。
「よーすっ! 三浦ー」
「涼平くーん、差し入れ持ってきたよぉ」
足跡が聞こえ、初めてのお客さんかと思い歓喜に満ちた涼平だったが、入って来たのは、見知った二人の女子。
「なーに? その顔ぉ。
自分のことを名前で呼んでいるこの女子、フルネームは「
ちなみに橋本は清涼高校で、一、二位を争うほどの美少女。天然系の可愛い子だと思われているが、天然を装った腹黒系である。
「あたしも差し入れ持ってきたぞー! 辛党の三浦が好きそうな激辛うどん! 七味が増し増しで入ってるやつだ! さっきこれ食べた人がトイレで吐いてたけど三浦なら余裕だよね!」
こちらの女子、フルネームは「
性格は良く言えば元気で明るい、悪く言えばアホの子、というのが涼平の鈴に対する印象だ。
そして二人とも、文芸部に所属する腐女子である。
「相田先輩、俺辛党だなんて一言も言ってないんですけど」
「え? でも結奈がそう言ってたし…」
「そんなこと言ったっけぇ? でもぉ、せっかく買ってきたんだからぁ、食べなよぉ涼平くん」
「俺、辛いのダメなんですけど。橋本先輩知ってますよね?」
「なんのことぉ?」
確実に橋本が確信犯のようだ。鈴に嘘を吹き込んだのだろう。
「結奈! また嘘か!? 結奈はなんであたしにばっかり嘘つくんだ!」
「だってぇ、面白いんだもん」
そんなやりとりを見ていた涼平は、件の七味増し増しうどんを見る。すると何ということでしょう。蓋を開ければまず先に、化学兵器と間違えんばかりの唐辛子などの辛い香辛料の匂いが目に染みてうっすらと涙が浮かびます。汁は血のように真っ赤に染まり、食欲が無くなるどころか死んでしまうほど食べる気がおきません。
涼平はそっと蓋を閉め、見なかったことにした。今橋本と鈴は言い合いを続けている状況。ここでリアクションを取れば、鈴も悪ノリして涼平に無理やり食べさせようとしてくる危険性があったからだ。
「あーー、もう! このうどんは変えてくる! 結奈はもう二度とあたしに嘘教えるなよ!」
鈴はそう言うと、部室を出た。そして涼平は、部室内に広がった辛い匂いを、新鮮な空気に入れ替えるため、窓を開ける。
すると、部室のドアが開いた。入ってきたのは、先ほど出て行った鈴ではなく、そして文芸部の部員でもなく、知らない人だった。
「文芸部ってここですか?」
高校生くらいの女の子だ。私服なので、おそらく外部の来場者だ。
「い、いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませぇ〜」
初めての客に、涼平は緊張してしまうが、結奈はいつも通りだった。
「あの、文芸部の部員に、菜月って子いますか?」
*
同時刻。校舎一階 玄関ホールにて。
*
「一年A組、レトロ喫茶やってまーす! ぜひ来てくださーい!」
「一年B組……、お化け屋敷やってます。来てください……」
この時間帯ともなると来場者も増え、客の呼び込みも増えてくる。
クラスで客寄せ係として決められた、姫花と菜月。
ハキハキと大きな声で話している姫花と対照的に、菜月はボソボソと小さな声で話している。しかも姫花の隣にいるので、ただでさえ小さな声も、かき消されてしまう。
「アンタさ、もうちょっと離れたら? そんな小さい声じゃお客さん来ないわよ?」
「………余計なお世話」
口論する二人。とは言っても、菜月の声は小さすぎて、隣にいる姫花にしか聞こえないので、はたから見ると姫花が菜月に怒鳴りつけているだけに見える。
「何よその態度! 心配して損した」
「…心配してほしいなんて言ってない」
「もう何言われても反応しないわよ私は!」
悪態をつく菜月に、姫花は無視することを決めた。
「……西園さんは、三浦くんのこと好きなの?」
「は………、は、はあ!?」
菜月からの突然の質問に、顔を真っ赤にし狼狽える姫花。まったく無視できていない。
「べべべべ別に、涼平なんて好きじゃないわよ! 何言ってんのよ!」
「好きなんだ」
「違うわよっ!」
否定する姫花だが、自分の気持ちを隠せていない。図星なのだ。
「……じゃあ、三浦くんのことどう思ってるの」
「ええっ!? ど、どうって、い、言われても…」
さらに追い討ちをかける菜月。適当にはぐらかせばいいのに、上手に嘘がつけないのは、姫花にとっては長所だが、今の状況では短所と言えるだろう。
「涼平のことは、別に、家がちょっと近いだけのただの幼馴染で……、それ以上は何とも思ってないっ!」
顔を真っ赤にしながら答える姫花。
答えなければいいのに、と菜月は思ったが、何も言わず、姫花の返事を聞いた。
「……じゃあ三浦くんは、その……、付き合ってる人とかいるの?」
「はあ!? いるわけないでしょ! あんな奴!」
「………そう」
菜月のあっさりとした返事を最後に、会話は途切れた。
誰も、何も話さない空気に耐えられなかった姫花は、「ちょっとトイレ」と言って、その場を離れた。
*
同時刻。グラウンドの特設ステージにて。
*
「松本、理科室使ってる科学部が、実験ショーでちょっと事故ったらしい。行ってきてくれるか?」
「事故、ですか? どんな事故を?」
「いや、俺も詳しくは知らんが顧問の
「分かりました」
急遽頼まれた雑用にも、嫌な顔をせずに引き受ける松本。これぞ優等生、と言った所か。
だが、松本は優等生らしからぬことを考えていた。
「美桜、どうしたんですか?」
理科室に向かうため校舎に戻った美桜は、途中で流歌に会う。
「科学部が問題起こしたみたいだから確認して来いって
「そうなんですか。実は私も科学部に頼まれた物を渡しに行くんです。一緒に行きましょう。それにしても水澤先生、というと瀬名先生ですね。……美桜はどっちだと思いますか?」
「水澤×瀬名ね。間違いないわ」
「流石ですね私もそう思ってました」
そう、松本が考えていたのは、先ほど松本に雑用を頼んだ水澤先生と科学部の瀬名先生のBLカップリングである。
どちらが攻めか、受けか。その事に関しては文芸部員達と話し合ったが、
もちろん二人が付き合ってるはずはないのだが、腐男子・腐女子というものは不思議なもので、妄想せずにはいられないのだ。
「水澤先生は体育教師、瀬名先生は理科教師。体育会系と理系。身長差はそれほどないにしても、体格で言えば体育教師の水澤先生の方が攻め、と考えるのが妥当。でも日々の授業で度々感じられる瀬名先生のマッドサイエンティストっぷり。瀬名×水澤で鬼畜攻めも可能性があったわ。でも! 真実は水澤×瀬名の鈍感攻めだったのよ!」
「ああ! 私もそう思ってました同志よ!」
人に聞かれないように小声で話す二人。二人とも、小学生が大きなカブトムシを見つけたようなキラキラした目をしている。
「みなさんにも知らせなくてはいけませんね」
「ええ。でも今は文化祭を楽しみましょう。私達にとってはこれが最後よ」
松本と流歌は三年生、もうすぐ卒業だ。今は高校生最後の文化祭を楽しむことにした。
「ねえ、理科室での事故って何なのかしら。もしかして同人誌お得意のご都合主義的な
BL展開が待ち受けているのかしら。もしそうなら私達ではなく水澤先生が行くべきなのではないかしら」
「奇遇ですね私もそう思ってました」
なお、腐女子としての妄想力は変わらずの模様。
*
文芸部部室にて。
*
「えーっと、君は菜月さんとはどういう関係なんですか?」
突然現れた女子に涼平は質問する。
髪を茶髪に染め、白のワンピースにパステルピンクのリボンがついている、いわゆる姫系と呼ばれる服装だった。
あまり人と話さず、人見知りの菜月の知り合いにしては随分と派手だ。
「私、
「そうなんだ。あ、これうちの文集です。よかったらどうぞ」
涼平は弥生に文集を勧める。このままだと腐バレするのでは、と思うだろうが、この時のために松本は秘策を二つ考えていたのだ。
それは実名ではなくペンネームにすること。そして、
「あの……、これ、BLですか?」
「あ! や、えっと! それは……」
「その文集ね、三年生の人が書いたのぉ。うちの文芸部ってぇ、結構部員多いんだぁ」
そう。自分達が書いたのではなく、他の人が書いたということにすること。
本来ならば絶対に良くないのだが、顧問の先生からの了承もあり、こうなった。
ちなみに、部員が結構多いということは嘘ではない。部員は涼平達を含めて約十名いる。そのほとんどが幽霊部員だが。
「へ、へぇ。すごいですね……」
「ねぇ、すごいよねぇ。文集でBL書くなんて変わってるよねぇ」
BLの文集に、かなり引き気味な弥生に、自虐とも取れる事を言う橋本。今回の文集を書くにあたって、一番不満を持っていたのは橋本だった。学校で人気の美少女が腐女子などとバレてはいけないからだ。
「あの、それで、菜月ちゃんはどこに?」
さりげなく文集を机に置いた弥生。買う気は無いみたいだ。
「菜月ちゃんわぁ、買い出しに行ってるよぉ。なんかぁ、クラスの出し物で、予備が無くなっちゃったから、外に行ってるんだって」
「……そうなんですか」
「でもちゃんと帰ってくるんだしぃ、それまで見て回ってきなよぉ。面白い出し物とかぁ、いっぱいあるよ」
「そうします。ありがとうございました」
そう言うと、部室から退室する弥生。ドアを閉めていても、ぱたぱたと足早に廊下を駆けていく足音が聞こえる。
「ちょっと、橋本先輩! どうしてあんな嘘言ったんですか! 菜月さんは今、お化け屋敷の客寄せやってるんですよ! それなのに、」
「ちょっとぉ〜、声大きい。ほんっと涼平くんは鈍いよね」
「え?」
「弥生ちゃんわぁ、自分のこと菜月ちゃんの友達って自分から言ってたけどぉ、そんな話聞いたことないしぃ。それにあの子の服。菜月ちゃんの私服ってぇ、サブカル系だしぃ、趣味合ってな〜い。菜月ちゃんみたいなオタクってぇ、何かしら共通した趣味がない限り、服の趣味が違う人と仲良くはしない。少なくともあの二人は仲良しじゃないよぉ〜」
「へ、へえ……」
涼平は、女子特有のドロドロとした事情を見抜いた橋本の観察眼に、感心と驚きを向ける。さすが腹黒、とも思ったが。
「じゃあ、嘘をついたのは白木さんを菜月さんから遠ざるためなんですか?」
「はぁ? そんなことしてないけどぉ」
「……は?」
「弥生ちゃんが何しに会いに来たかはしらないけど、用事があるんでしょ。邪魔しちゃダメだよぉ」
橋本は、菜月と弥生の関係をどう推測しているのだろうか。愉快そうに笑っている。何気に底が知れないと涼平は思う。
「そういえば、相田先輩遅いですね」
「迷子じゃない? あの子馬鹿だしぃ」
毒舌は健在の模様。
*
午後一時三十分。
校舎一階 玄関ホール近くのトイレにて。
*
「はぁ…………」
姫花は大きなため息をつく。先ほど、菜月に涼平への気持ちを悟られてしまったのではないかと動揺しているのだ。
そんな中、姫花はある人物を見つける。
「相田先輩、何やってるんですか?」
「うおっ! って西園かー。驚かすなよ」
トイレの近くにいた鈴は、何かからこそこそと隠れるように挙動不審だった。怪しさ満点でも部活の先輩なので、無視するわけにもいかない。
「それで? 相田先輩は何やってるんですか?」
「あ、そうそう! 見てみなよ!」
姫花は鈴が指をさす方向を見る。
「おい! クレープ食うなよ! オレのだぞ!」
「いーじゃん、ちょうだいよ」
「一口だけだかんな!」
二人の男子が、イチャイチャしてらっしゃる。実際には、ただの友達なんだろうが、腐女子フィルターがかかっている二人にとって、これは三次元のBLだ。
そして二人の男子は、清涼高校の制服を着ている。
「あの二人さー、バド部の
「そうだと思います」
まだ腐女子になって数ヶ月で、三次元BLに目覚めていなかった姫花は、まるで本当に漫画のような三次元BLに、本当に存在したのだと感動する。
「おい! もうクレープ返せよ!」
「別に一口も二口も変わんねえよチビ。いいじゃん」
「良くねえよ! チビ言うな!」
姫花達がそんなやり取りをしてる間にも、三次元BLは加速する。
ちなみに、先ほどからクレープを強奪している背の高いイケメンが近衛。クレープを強奪されてばかりの背の低い男が上谷だ。
姫花と鈴はこの光景を見せてくれた神に感謝した。
「ずるい……!」
「きゃああ!」
「いぎゃぁあ!」
突然かけられた声に、悲鳴をあげる姫花と、ホラー映画の叫び声のような声をあげる鈴。俗に言う色気がない、というやつだ。
姫花達は後ろを振り向く。そこにいたのは、白い着物を着て、血が飛び散っている菜月だった。
「ア、アンタ! 何て格好してるのよ!」
「驚かせんなよ東! バカ!」
「……急に、着替えさせられて……」
「クオリティ高すぎるわよ!」
白い着物だけでなく、井戸やテレビから出てくる髪の長い某幽霊のようなウィッグも付けていて、生来の小声ともマッチしており、客寄せではなくお化け役として出た方がいいと思うくらいリアルだ。
「そんなことよりずるい……! 私に内緒で三次元BLを楽しむなんて酷いです……!」
「分かったからその顔やめてよー! 怖すぎて夢に出そう…」
鈴は、すっかり菜月の姿に腰を抜かし、涙が目に浮かんでいる。いつもバリバリの体育会系女子である鈴のこの姿はかなり珍しい。
「つうか、お前。ほっぺにクリーム付いてるぞ」
「え、マジ?」
「バッカ、そっちじゃねえよ、こっち」
そう言うと、近衛は上谷の右の頬に付いているクリームを親指で取り、そのまま口に含んだ。
「ちょ、近衛。何してんだよー」
「ごめんごめん、妹と同じ感じにしちまった」
「西園、写真撮れ。東、文芸部のグループラインで一部始終送れ」
「はい! 無音カメラで撮影します!」
「……一部始終書き終わりました。送信します」
これは最早プロと言っても過言ではない仕事の速さだ。姫花はなぜ無音カメラのアプリを持っていたのか、そして菜月はどうして一部始終を速く書き終えたのか。疑問は尽きないが、とりあえずこの三人は根っからの腐女子だということだ。
そして、何故鈴は指示を出してただけなのかというと、鈴の両手には大量の出店の商品があったからだ。涼平への差し入れである激辛うどんを変えに行く時に買ったものらしい。
*
午後二時。校舎三階 理科室にて。
*
「いやー、ありがとう、松本さん、金子さん。実験ショーで電球が割れちゃってね」
「大丈夫です」
「お気になさらずですよ、瀬名先生」
松本と流歌は実行委員なので、文化祭の間も休む暇なく動かなくてはならない。その忙しさを知っているからか、白衣を着た瀬名先生は申し訳なさそうな顔をしている。
「本当にごめんね。僕、しばらく理科室を離れられないから、代わりに水澤先生に謝っといてくれるかい?」
「はい」
「分かりました」
「じゃあよろしくね」
そう言うと、瀬名先生は理科室へ入る。電球を交換するためだろう。
だが今の二人にとってはどうでもいい。
「もう水澤×瀬名の同人誌書いちゃってもいいですよね? もう書きます!」
「待って流歌。私は推薦狙うからともかく、流歌は一般入試でしょう? そんな暇ないわ。もう少し待つべきよ」
同人誌なんて書くな、と言うのが普通の人なのだろう。だが、松本と流歌も腐女子だ。普通ではない。
「それに、流歌が描く話は襲い受けばかりじゃない。水澤×瀬名のカップリングでは合わないんじゃない?」
「最近ヤンデレもいいかなって思ってるんです。右側固定ですけど」
右側固定、つまり「受け」ということだ。
BLに限らず、カップリングというものは、攻め、もしくは男が左側、受け、もしくは女が右側なのだ。
閑話休題。話しを戻そう。
「まあ、同人誌描くのは今の時期はやめた方がいいけど、ピクリンに投稿するくらいなら良いんじゃない? IRUKA先生?」
「その名前、前に美桜に笑われましたよね。安直すぎるって」
「そうだったかしら?」
少しムッとなった流歌を、笑って躱す。気心知れた仲であるから出来ることだろう。
そして流歌は、IRUKAというユーザーネームでピクリンで作品を投稿しているのだ。同じ趣味の人達からは絶大の支持を得ている。
そんなとき、美桜と流歌のスマホの着信音が鳴る。姫花と菜月からラインが送られてきたようだ。
そこに送られてきたのは近衛、上谷という生徒について。この二人についてなら、松本は少しだけなら聞いたことがある。バドミントンのダブルスでベスト8まで登りつめた期待の新人だ。だがそれ以上は知らない。そして、知らなかった事を後悔した。部員達とじっくり議論し、語り合わなくてはいけない重要案件だったからだ。
「美桜、これは……」
「ええ。水澤先生と瀬名先生については結論は出た。次は近衛くんと上谷くんについてよ」
松本は、文化祭が終わったら、絶対にこの二人について部内で議論することを誓った。
そして盗撮は犯罪である。いくら萌えを見つけたからといっても、許可なく写真を撮るのは犯罪だ。そして受験生よ。勉強するべきだ。
*
同時刻。文芸部部室内にて。
*
「はらへった……」
涼平は机に突っ伏していた。買い出しに行った鈴が帰ってこないのだ。
「まあまあ、気長に待ちなよぉ」
「いや、そもそも橋本先輩が相田先輩に余計な事言わなければ俺は今頃ご飯にありつけてたんですよ。橋本先輩のせいじゃないですか…」
涼平は本人を目の前にして愚痴る。それほど空腹なのか。
そして、涼平と橋本の元に文芸部のグループラインが届く。
近衛と上谷という生徒達についての一部始終。しかも写真付き。橋本と涼平は控えめに言って萌えた。水澤先生と瀬名先生の衝撃を乗り越えるほどに。
涼平は、さすがに写真はまずいのではと思ったが、別に文芸部員達は悪用はしないし、大丈夫だろうとも思った。
悪用する、しないに関わらず盗撮は犯罪だが。
「すごいっすね! 三次元BLじゃないですか!」
涼平は橋本に声をかける。
「マジ神。神降臨。ありがとう、ありがとう……!」
どうやら橋本は、BLの神に感謝しているようだ。この状態の橋本は関わらない方がいいので、涼平はトイレに行くと言って、部室を出る。
だが本当の目的はトイレではない。昼食の調達だ。鈴が、涼平の昼食を買うのを忘れているのではないかと疑う涼平。故に、涼平は自分で自分の昼食を買いに行く。
*
校舎一階。
1-Aの出店 たこ焼き屋の前にて。
*
「よっ! 三浦、どうした?」
「たこ焼き買いに来た。手伝ってやれなくて悪いしな」
涼平は自分のクラスの出店で、昼食を買うことにした。たこ焼きを焼くのは、涼平の同じクラスの友人、
「いいって。うちのクラスは文化祭回りたい奴らばっかりでやりたい奴に押し付けたからな。ま、一緒に準備すんのは楽しかったけど」
涼平は村田からたこ焼きを受け取る。
「特別に鰹節大盛りにしたからな。まいどあり」
「ありがと」
涼平はお金を渡し、たこ焼き屋を後にする。
「あの、すみません」
後ろから声をかけられ、涼平は振り向く。そこにいたのは、
「白木さん…」
「ちょっといいですか?」
*
校舎一階 職員室近くの中庭にて。
*
「本当は、嘘ですよね。外に買い出しに行ってるって」
「え……」
涼平は、橋本の嘘を見抜いた弥生に驚く。
「なんでそう思ったんですか?」
「菜月ちゃんから聞いてないんですか? 私のこと」
弱々しく言う弥生。やはり菜月と何かあったのだろう。
「あ、いや何も聞いてないです。菜月さんはそういうの話さないし」
「そうなんですか……」
弥生は、自販機で買ったであろうお茶を飲み、涼平に話した。
「私と菜月ちゃんは、クラスで一番仲が良かったんです。私がもともと腐女子で、菜月ちゃんにBL勧めたのも私です」
「え!?」
思わぬカミングアウトに驚愕する。弥生が腐女子だったとは思わなかった。
「で、でも文集には興味なさそうっていうか引いてたじゃないですか!」
「本当はすごく欲しかったんですけど言えなくて。すみません」
頭を下げる弥生。まあ確かに、欲しいと言われてもビックリしただろう、涼平は。
「中二の時です。菜月ちゃんが腐女子だってバレたんです。それで、菜月ちゃんイジメられて……。でも私、助けなかったんです。私がイジメられるんじゃないかと思うと怖くて。私は他の人と仲良くなって、その間にも菜月ちゃんは孤立しちゃって。ずっと後悔してて、謝りたくて……」
弥生の肩が震えている。途中から涙声になっていた。本当に後悔しているんだろう。
涼平は二人を会わせてやりたいと思った。でもそれは、弥生の願いだ。
菜月はどう思っているんだろう。イジメられて、孤立して、それでも助けてくれなかった
「……弥生ちゃん?」
後ろから、声が聞こえる。涼平と弥生にとっては聞き覚えのある声だ。
「菜月ちゃん……!」
*
午後二時四十六分。
校舎一階 玄関ホールにて。
*
「涼平? どうしたの? 部室は?」
「……橋本先輩がいるから大丈夫だろ。多分」
涼平は、客寄せをしている姫花の所に来た。近衛と上谷についてのラインを送った後、菜月は着替えのためにクラスに戻り、鈴はクラスメイトに呼ばれ、自分のクラスの出店を手伝っている。そして、姫花は客寄せに戻った。案の定、鈴は涼平の昼食のことは忘れてるようだ。
「どうしたの? 元気ないし」
「分かんねえ……」
「……とりあえず事情を説明して。アンタが分かんないって言うときはアドバイスが欲しいってことでしょ」
涼平は落ち込みながらも、菜月と弥生に関して、経緯を伝えた。姫花は、涼平の話をただ聞いていた。
「あのね、そんなのアンタが気にすることじゃないわよ。本人達の問題よ。ほっときなさい」
橋本と同じことを言う姫花。その答えには納得だ。異論はない。でも菜月と弥生を会わせてよかったのだろうかと、後から後悔してしまったのだ。
「だってさ、俺、自分を助けてくれなかった人と会うのやだよ……」
「アンタはそういうことになった事ないから分からないだけ。助けてくれなかったとしても友達だったんだから。会ってケジメくらい付けたいでしょ。アイツ、かなり図太いわよ」
*
同時刻。校舎一階 職員室近くの中庭にて。
*
「久しぶり、弥生ちゃん」
「うん」
二人はベンチに座っている。古いベンチで、塗装も禿げてボロボロだ。
こうして二人で話すのは久しぶりで、弥生は何を話せばいいのか分からなくなる。
謝りに来たはずなのに、いざ本人を目の前にすると言葉が出ない。
「弥生ちゃん」
菜月から話しかけられ、菜月は驚く。昔から人見知りで、人と話したがらなかった菜月の変化に、複雑な思いだ。
「弥生ちゃんが何しに来たか分かる。謝りに来たんでしょ」
菜月の言葉に、弥生は頷く。
「謝らなくていい、とは言わない。私は一人で辛かった。上履きに落書きされて、一日中それを履いたのは恥ずかしかった。体育でボールをぶつけられたのは痛かった。弥生ちゃんと話せなくなるのは寂しかった。だから謝らなくていい。謝っても過去は消えない」
菜月はベンチから立つ。
「もう、弥生ちゃんとは会いたくない」
そう言い残し、菜月は校舎に戻る。残された弥生は、肩を震えて泣いていた。
***
午後五時。
『清涼祭はこれにて終了です。ご来場の皆様は気をつけてお帰りください。在校生は、グラウンドに集まってください』
文化祭の終わりを告げる放送が流れる。そして、在校生は運動場に集まる。もちろん集まらない人もいるが。
「結奈ー! 見て、ぬいぐるみ貰ったー!」
「どうしたのそれ」
「景品!」
「景品でそこまで喜べるのってぇ、この歳じゃあ鈴くらいのおバカちゃんぐらいだよねぇ」
「なんだとー!」
出店の景品を片手に、大はしゃぎする鈴を、嘲笑する橋本。鈴は怒っているが、すぐに治るだろう。橋本は鈴のこういう単純なのが、面白くて好きだ。
「グラウンド集まって何すんのかな?」
「どうせ去年と同じだよぉ。ステージで校長先生が喋ったりするだけ」
生徒達は、グラウンドで閉会式を待っている。
「美桜、そろそろ時間ですよ」
「今行くわ」
ステージの裏で、松本が準備をしている。これから、閉会式が始まる。校長先生や実行委員長が、締めの言葉を言うのだが、校長先生はともかく、実行委員長は用事があるので、松本が代役として、ステージに立つことになった。
「大丈夫ですか?」
「慣れてるから平気」
時間になり、松本はステージに上がる。人気があり、知名度もある松本がステージに立つと、生徒達は歓声を上げる。
「あ、居た。菜月さーん!」
一人、文芸部の部室にいた菜月を見つけた、涼平と姫花。
「アンタ、グラウンド行かないの?」
「……行かない人もいるでしょ」
「じゃあ、俺らもここにいるか!」
真面目な菜月にしては、珍しいサボり発言だ。姫花は少し呆れていたが、涼平は違った。おそらく一人にはしておきたくないのだろう。
菜月の、表情筋が働いていない顔が、悲しそうに見えたから。
「……私のことは気にしなくていい」
菜月のそんな言葉を気にすることなく、姫花は椅子に座る。
「そんなことしてないわよ。ただ、私達もサボりたい気分だったの。自惚れないでよね」
「そーそー」
姫花に続いて、涼平も椅子に座る。
「あ、ここからでもステージ見えるなー」
「そういえば、金子先輩が閉会式の時にちょっとしたサプライズがあるって言ってたわ」
「へー、何だろうな」
いつも通りの二人の様子に、菜月は困惑する。同時にありがたいとも思った。
涼平も、姫花も優しい人。菜月はそう思った。
『それでは、実行委員長は用事がありますので、私が代理を務めます。松本美桜です。
皆さん、二日間お疲れ様でした。去年に続き、今年も事故なく終わり、嬉しい限りです』
スピーチが始まったが、校舎内だとさすがに聞きにくいため、涼平は窓を開ける。
松本の声も充分聞こえる。
『ここで、先生方と私達実行委員から、皆さんにサプライズがあります』
松本がそう言うと、ステージに大きい
去年とは違う催しに、二、三年は歓喜の声を上げ、一年は少し不安げだが、楽しみにしているのだろう。
『皆さん、改めて、清涼祭成功おめでとうございます!』
松本が言い終わると、松本はステージ裏に戻り、筒を運んできた先生は、筒の導火線に火をつける。
笛の音が、空へと向かい、やがて爆発音がなると、カラフルで綺麗な花火が空に映る。
生徒達は歓声を上げ、騒いでいる。
綺麗な花火は、涼平達にも見えていた。
「綺麗だな。すげえ」
「そうね。アンタの語彙力の無さもすごいわ」
「お前なぁ。事実だけど」
本当に、変わっていない。普段通りの二人。
菜月はポツリと、話した。
「……弥生ちゃんと会ってね、話をしたの。私は許したくなかったから許さなかった。弥生ちゃん泣いてた。なんで弥生ちゃんが悪いのに泣いてるのって思って、嫌だった。弥生ちゃんも、そう思う自分の事も」
その言葉に、涼平と姫花は返事をしなかった。ただ、黙って、菜月の話を聞いた。
「多分、白木さんは菜月さんに許さないって言われて良かったと思うよ。きっと白木さんは、二度と無視したりしないって決めて、優しい人になったと思う。全部俺の想像だけど」
「謝ってくる相手を許してあげるのが大人って言うけど、子供でも大人でも許さないことくらいあるわよ」
姫花と涼平は、自分達の考えを菜月に話す。これは涼平と姫花の答えではないので、菜月の求めている答えとは違うかもしれない。
自分の欲しい答えと、他の人の答えが違うのは仕方ない。人間は一人一人違うのだから。それでも、涼平と姫花の出した答えは、各々が考えて出した答えだということは、菜月にも伝わっていた。
***
文化祭も終わり、いつもの日常が戻ってきた。
松本と流歌は受験生なので、勉強に勤しむため部活に顔を出す機会は減った。だが、よく相談に乗ってくれる優しい先輩なのには変わりない。
「あ、菜月さん! これから部室?」
「……うん」
「じゃあ一緒に行こう」
涼平は菜月と一緒に、部室へと向かう。
「……三浦君は、好きな子とかいる?」
道中、菜月が涼平に質問する。思いもよらぬ質問だったので、涼平は反応に困るが、せっかく聞いてくれたので答える。
「好きな子はいないけど、好きなタイプは髪は肩より下らへんで、巻いてる子が好きかな?」
その髪型の女子を菜月は知っている。涼平の幼馴染の姫花だ。
「……私も髪伸ばそうかな…」
菜月は、涼平に聞こえないようにポソリと呟く。
「あー! 涼平! なんで先に行ってんのよ!」
「姫花、ごめんって」
姫花も加わり、道中は騒がしいことになった。文化祭以降、距離を縮めた三人は、とても仲がいい。
それはきっとこれからも続くだろう。
どんな関係に変わっていくかは分からないが。
俺達はBLが好き ザリガニ @ZARIGANI_oniku
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