俺達はBLが好き

ザリガニ

前編

ボツね」

 その言葉と共に、破かれる原稿。そして、項垂れる少年。

「な、な、なんで…、ですか……」

「テンプレもいいとこだわ。ふざけてるの? BLの神に呪い殺されろ」

「なんなんですかBLの神って! テンプレで出来が悪かった、というのは分かりましたけど、わざわざ破かなくてもいいじゃないですか! 口で言ってくださいよ! 口で!」

「そ、そうね、そうだったわ! あまりにも出来が悪くて読むに耐えない話だったからつい…」

でよくそんなひどいことしますね! 松本まつもと先輩!」


 ここは「私立しりつ清涼せいりょう高校こうこう」。偏差値は平均の、どこにでもある普通の学校。有名なのかと聞かれれば、野球部がそこそこ強いと有名。

 その清涼高校の校舎の片隅に存在する「文芸部」。


 これは、清涼高校 文芸部の活動を描いた物語。



 ***



 七月。夏。暑い。

 蝉の声煩さすぎて、最早暑さを助長しているんじゃないか。彼、三浦みうら涼平りょうへいは考える。幸いにも涼平が今いる文芸部の部室には、ガンガンにクーラーが効いてるので、とても快適だ。

 だが、そんなことよりも考えなくてばいけないことが涼平にはあった。


 先ほど破られた原稿である。


 今まで、小説を読んでこなかった涼平が、頭を振り絞って考えた自信作だった。それに、先ほどの原稿はまだあらすじ部分だったのだ。それを破られるという形で否定されるのはとてもつらい。


 と、ここで「三浦みうら涼平りょうへい」について説明しよう。

 彼は高校一年生。十六歳。言わずもがな男。見た目は彼の幼馴染に言わせれば「見た目は普通。くせっ毛な髪は結構好き…、かも」とのこと。

 そして、特筆すべきなのが彼の好きなもの。


 それはBLビーエル。圧倒的BL。

 BLとは、ボーイズラブの略。簡単に言うなら衆道ホモ

 今はBLと言われることが多いが、「やおい」とも言い、昔はそれが主流だったらしい。


 話を戻そう。


 そう、涼平はBLが好きな男子、腐男子ふだんしなのだ。

 事の目覚めは、涼平が小学校高学年の頃。四つ上の姉の部屋に入った時。

 彼は姉が持っていた少年漫画を読む為、部屋に忍び込んだ。すると、姉のベッドに読みかけの漫画があるではないか。

 見たことのない漫画だったので読んでみると、涼平は衝撃を受けた。


 男同士の、濃厚なキス。正直言ってびっくり。

 見てはいけないものを見てしまった。幼かった涼平はそう思い、忘れようと決心した。

 だが、涼平の姉は彼の予想の遥か上空を行った。


 涼平にBL漫画を勧めてきたのだ。


 当たり前だが、涼平にソッチの気はない。普通に女の子が好きな涼平にとっては、BLなど、決して理解できないもの。


 の、はずだった。


 中学生の頃。BL漫画のことを忘れていた涼平が、姉にしつこく勧められ、強制的に読まされたBL漫画。性的な描写などは、せいぜいキスくらいのものだったが、ストーリーが感動必須の物語だった。

 それ以来、涼平はものの見事にBLにハマり、腐男子になったのだ。今でも涼平にソッチの気はない。

 そして、現在、彼はこの清涼高校に入学し、文芸部に所属した。

 高校を入学した当初は部活に入る気は無かったが、幼馴染に誘われ文芸部に所属することになった。



「どうしろって言うんですか……。俺、文才とかないんすけど」

「そんなこと、あるけど大丈夫よ。書きたいもの書けばいいんだから」

「認めるんですね、俺が文才ないの」

 涼平は彼女、松本まつもと美桜みおの言葉に項垂れる。


 彼女は、「松本まつもと美桜みお」。十八歳。女。高校三年生。ストレートロングな髪。ボンキュッボンの眼鏡美人。成績優秀。先生からの評価も高い。胸も大きい。

 ちなみに、彼女も腐女子ふじょしで、涼平と同じくBLきで、BL至上主義のガチ勢である。

 ちなみに彼女は、小説も絵も書けるすごい人だ。しかも上手い。もちろんジャンルは

 BL。

 その為、涼平やその他の部員達の小説や絵のチェックを行っている。

 文芸部なのに絵を描くの? という質問は控えてもらいたい。


「俺こんなんで本当に小説書けるんすか…? もう良くないっすか? 俺、小説より漫画派だし」

「そんなこと言わないで、三浦くん。今年の文化祭は、私達文芸部員が書いたBL小説の文集を売るんだから」

「そもそもそれが問題なんすよ。なんでBL書くんですか。他のジャンルにしましょう? バレしますよ!?」

 そう、今年の文化祭で文芸部が売る文集のテーマがBLなのだ。

 本来、腐女子・腐男子という生き物は、友人や家族に対しても自分が腐女子・腐男子であることを隠しておきたいものだ。それなのに、わざわざ自分から腐バレ、腐女子・腐男子とバレるような行動をとるのは腐女子・腐男子にとっては命取りだ。

 それなのに何を思ったのか、松本は自分達腐女子・腐男子にとって、ハイリスク・ノーリターンな事をしようとしているのだ。

 これには、涼平を始め、他の文芸部員達からも、かなりの批判があった。

 だが、三万円の図書カードで説得された、部内で一番怖い副部長に説得され、文芸誌は文化祭の出し物として、BL短編集『薔薇』を売ることになったのだ。

 そして現在。涼平含め、文芸部員達は『薔薇』に掲載する短編を書いているのである。


「俺、今まで小説なんて書いたことないし、こんなん無理だと思いますよ……」

「でも今回の小説は全年齢対象の健全な話なんだから書けるでしょ? それに短編なんだし一話完結でいいのよ? 簡単よ?」

「松本先輩みたいに出来ないっすよ……。少なくとも俺は」



「そりゃあ、アンタが松本先輩みたいに出来るわけないでしょ。バカね」

「……戻りました」

 部室の扉を開け、入って来たのは二人の女子。


「おー、おかえりー。アイス買って来たか?」

「買って来たわよ。まったく、こんな暑い中女の子にパシリさせるなんて最低ね、涼平」

「ジャンケンで負けたのが悪いんだろ、姫花ひめか


 姫花ひめかと呼ばれた女子、フルネームは「西園にしぞの姫花ひめか」。十五歳。高校一年生。肩より下の長さで少しパーマがかかっている。大きく、くりっとした目はとても可愛らしい。性格は少しキツめだが安心してください、彼女はツンデレです。

 涼平の幼馴染であり、彼を文芸部に誘った人物である。


「涼平、アンタのその減らず口に唐辛子味のゴリゴリ君突っ込んでやるわよ」

「やれるもんならやってみな! 俺はお前の口にメチャカライーノ突っ込んでやる!」

 ゴリゴリ君とは、百円以下で買える棒アイスで、四角いのが特徴のアイス。シーズンごとに期間限定で様々な味が発売されている。

 そしてメチャカライーノとは、唐辛子やハバネロなど、辛さにこだわった、とても辛いポテトチップスだ。

「……部長が欲しがってたアイス売り切れだったので…、別の買いました。よかったですか?」

「ええ、ありがとう。菜月なつきさん」

 涼平と姫花が小学生のような喧嘩をしている横で、松本と菜月なつきは穏やかな会話をしていた。


 菜月なつきと呼ばれた女子、フルネームは「あずま菜月なつき」。十五歳。ショートボブ。ツリ目。可愛いというよりは綺麗。表情筋はあって無いようなもので、氷のようだと一部の男子からは人気である。


 ちなみに菜月も姫花も腐女子である。


「二人共、喧嘩してないで早く続き書いてね。締め切りまであと一ヶ月よ」

 喧嘩を続けていた涼平と姫花を制止し、松本は執筆をうながす。

「そんなこと言われても、私は挿絵担当です。それに小説書けてないの涼平こいつだけですよね」

「おい、指差すな! 人に指差すなって教わらなかったのか!」

「うーん、三浦くん。もう少し早く書いてくれない?」

 松本が困ったように言う。

「……すいません」

 消え入るような声で涼平は返事を言う。書けないことに対して、一番焦っているのは涼平だ。


「……三浦君、焦りは…、禁物」


 涼平の焦りを感じたのか、東が涼平に言う。

「……もしかしたら、インスピレーションが湧かないのかもしれない……。ネットとかでBLのイラスト見たら? もしかしたら話が思いつくかも」

「な、なるほど…!」

 涼平にアドバイスを送る菜月。確かに有効かもしれない。涼平は目から鱗がこぼれ落ちるほどの衝撃だった。

「ありがとう! 菜月さん! さっそく見てみるよ!」

「…………うん」

 菜月の耳が真っ赤に染まる。照れているのだろうか。涼平と松本は気づいていないようだが、姫花は気づいていた。

 だが、姫花は何も言わなかった。


 そんな時、部室のドアが開く。



「みなさん、待たせてごめんなさい」


「おかえりなさい、流歌るか。どうだった?」

「大丈夫ですよ。予算もう少し上げてくれるそうです」


 流歌るかと呼ばれた女子、フルネームは「金子かねこ流歌るか」。十七歳。高校三年生。清楚で上品な、いわゆるお嬢様のような雰囲気を出している。髪型は流歌の雰囲気によく合う姫カット。見るからに大人しそうな美人。

 ちなみに、彼女が文芸部の副部長だ。


「金子先輩! 予算が上がったんですか!?」

「ええ、そうですよ」

「やったぁー! これで挿絵のページが増えますね!」

 喜んでいるのは、挿絵担当の姫花。予算が上がれば、ページも増え、挿絵多く入れることが出来る。

 今回、なぜ挿絵を入れるかというと、これは流歌の提案だ。BLというジャンルを文集のテーマにするなら挿絵を入れて読者が読みやすいようにしよう、そう提案したのだ。挿絵を書くのは、松本、流歌、姫花の三人が候補に上がったが、松本と流歌は、文化祭までに部長、副部長としての仕事が忙しい為、姫花に変わったのだ。

「早く涼平も小説完成させなさいよ。じゃないと締め切り終わっちゃうわよ」

「わかってるっつの」

 姫花に小言を言われた涼平は、事実でもあるため強くは言い返せなかった。

「三浦君、大丈夫ですよ。落ち着いて書いてくださいね。最低でも九月には完成させればいいんですから」

「す、すいません…。金子先輩…」

「うふふ、いえいえ」


「あら、もうこんな時間ね。皆、そろそろ帰りましょう」

 松本が、皆に呼びかける。

 現在 午後五時四十分頃。清涼高校は駅から遠い。電車通学の涼平と姫花は、今のうちに学校を出なければ間に合わないのだ。

「あ、じゃあ俺達帰ります」

「お先に失礼します」


「ええ。また明日」

「………さよなら」

「気をつけて帰ってくださいね」

 涼平と姫花は先に帰る。それぞれ別れの挨拶をし、それぞれが帰路につく。



 ジリジリとアスファルトが熱を持ち、陽炎が揺らめき、蝉が鳴いている。

 まだ夏は始まったばかりだ。



 ***



『二番電車到着します。黄色い線までお下がりください』

 駅にて。駅員のアナウンスが流れ、けたたましくベルが流れる。

 涼平と姫花は到着した二番電車に乗り込んだ。ちょうど帰宅ラッシュだったようで、電車内はかなり混雑している。

 電車の中は冷房をかけてはいるのだろうが、乗客達の熱気のせいで涼しくない。

「うお! 混んでんなー。つかあちぃ」

「ちょっと涼平! 足踏まないでよ! 重い! あと暑い!」

「え、嘘。悪りぃ」

 電車内には多くの乗客がいるため、二人とも押しつぶされてしまう。なんとか踏ん張っても、どうしても体がくっついてしまう。

「ちょっと、もっとあっち行ってよ」

「いやいや、そんな無茶な。俺、これでも頑張ってんだけど」

 くっつかないように努力はしていても、乗客が多いため、くっついてしまう。共に思春期真っ只中の男女、どうしても意識してしまう。特に姫花は、いつもより距離が近い涼平に、かなり意識している。


「ちょ、ちょっと…。もっと離れてよ…」

「いや、無理だってこれ。離れよとしても押し戻されるし」

 涼平は、周りに押しつぶされ、頭もろくに動かせない。もどかしい。

 しかも密着していることによって、電車が揺れるたびに、涼平の体に姫花の胸が当たったりする。

 だが、姫花には言わない、涼平は腐男子だが、健全な男子高校生だ。幼馴染とラブコメみたいな嬉しいアクシデントに遭遇したいのだ。許してやってほしい、


『次は〜、蒲田、蒲田でございます』


 涼平達が降りる駅の名前が出てくる。この嬉しいアクシデントももう終わり。

 まさか幼馴染とこんなことになろうとは。涼平はそう思った。



 ***



 電車から降り、駅の外へ行く二人。会話はあまりない。


 ムシムシと暑い外の気温。インドアの涼平にとっては地獄も同然。

「姫花…、ちょっと休もうぜ…」

 家に帰る途中にある公園のベンチを指す涼平。あそこで休みたいということだろう。

 姫花も休みたいと思っていたので、涼平の提案に乗る。


 ベンチの近くにある自販機で、飲み物を買う二人。そしてベンチに座り、それを飲む。

 相変わらず会話はない。

 涼平はふと、公園の遊具を見る。子供達が遊んでいる声が聞こえる。男の子と女の子だ。兄妹かもしれないが、おそらく友達同士だろう。とても楽しそうに遊んでいる。


「俺らも昔は、おかえりチャイムなるまで遊んでたよな」

「え? ……ああ、そうね」

 姫花は、涼平がそんな話を振ってくるとは思わなかったので少し驚いたが、前方の子供達を見て、納得した。

「外で元気に走り回ってた俺達が、今や立派な腐男子と腐女子だぜ。人生何が起こるか分かんねえなー」

「そうね。私もアンタが腐男子になるとは思わなかったわ」


 姫花が腐女子になったのは、涼平がBL漫画を勧めたからである。最初は男同士の恋愛に嫌悪すら抱いていた姫花だったが、BL界の名作と名高い『フレンド』というBL漫画を見てから、BLに興味を持ち、腐女子になったのだ。

 ちなみに『フレンド』というBL漫画は、涼平が自分の姉から勧められ、腐男子になるきっかけとなった、思い出深い作品だ。


「俺も、お前が腐女子になるとは思わなかったなー」

「……涼平はどうして私にBL漫画勧めたの? BLなんてジャンルは、前はそこまで流行ってた訳じゃないんだし。ていうかアンタ、自分が腐男子だってバラしてるもんじゃない。それなのに、なんで?」


 幼稚園の頃から付き合いのある二人でも、性別が違うからか、今の年頃になると、こういった真面目な話になると、二人の間に微妙な空気が流れる。


 そんな気まずい空気の中、涼平が出した答えは。

「………姫花なら、受け止めてくれるって思ったから?」

「なんで疑問形なのよ!」

 なんとも締まらない答えである。涼平は意外とカッコよくないのだ。外見的な意味ではなく、性格的な意味で。

「まあ、姫花は同性同士の恋愛とか嫌だって思うだろうなって思ってたよ。でも、姫花はなんだかんだ言っても、まずはちゃんと俺の話を聞いてくれるから。だから安心してたのかも」


 涼平は自分の胸の内を吐露する。今まで、涼平と姫花は、こう言った会話をしたことがなかった。

 中学の頃は、三年間クラスが違ったので、話す機会もなく、二人の仲は自然消滅していった。

 だが、涼平が持ってきた一冊のBL漫画によって、二人の仲は、昔と同じように戻ったのだ。

「俺さ、姫花がいてよかったよ。姫花がいなかったら俺、腐男子になったなんて姉ちゃん以外に言えなかっただろうし、BLの面白さも共有できなかった。それに、文芸部にも入らなかっただろうしな」

「ありがとう」と満面の笑みで姫花に礼を言う涼平。

「な、なによっ! おちょくってんの!?」

 姫花の顔が真っ赤になっている。照れているらしい。

「いや、全然。本気」

「涼平のバカ! 死ね!」

「そこまで言うか!?」


 涼平と姫花は互いに罵り合いながら、家に帰るために駅へ向かう。


 まだ太陽は沈んでないがオレンジ色に染まっている。まだ暑く、何匹か蝉も鳴いている。



 ***



 姫花と別れた涼平は家に帰り、すぐに制服のブレザーを脱ぐ。

 帰ったらまず着替える、小さい頃から両親にそう言われているからだ。

「ただいまー」

 涼平は家族に声をかけたが、返事が返ってこない。涼平はリビングに入り、エアコンをつけ、壁にかけてあるホワイトボードの書き込みを見る。

 どうやら両親は小洒落こじゃれたレストランでデートしているみたいだ。姉も友達と遊びに行っている。

 涼平は冷蔵庫に入ってあるハンバーグを電子レンジに入れて温める。

 待っている間、涼平は自分のスマホで、様々なジャンルのイラストや漫画などを投稿できるサイト「ピクリン」で、BLイラストを見る。学校で菜月が言っていた方法を試すためだ。

 ピクリンは、正確なユーザー数は知らないが、多くのユーザーがいて、様々なジャンルのイラストや漫画を投稿しているので、涼平はどれを見ていいのか、少し迷ってしまう。

 そもそも自分の書きたい話が思いつかない。こんな状態で小説など書けるのか。涼平は悩んでいた。


 悩んでいる間に、ハンバーグが温め終わったので、涼平はご飯を食べる。

 ご飯を食べながらスマホでイラストを見る。

 家族、特に母親がいれば行儀が悪いと怒るだろう。


 イラストや漫画を見ていると、一枚のイラストを見つけた。


 BLジャンルのイラストとしては、ありきたりなイラストだったが、絵が涼平の好みだった。

 涼平は、そのイラストを描いた人のプロフィールを見る。

 ユーザーネームは「IRUKA」という人で、年齢や性別は非公開になっている。IRUKA さんは襲い受けなどが好きなようで、受けが攻めの上に乗っかってたりするようなイラストが多い。

 ちなみに涼平は俺様攻めなどの王道が好きだ。

 涼平は先ほど見たイラストを、改めて見る。作者コメントによると、他のユーザーからのリクエストで、特に設定やストーリーは考えていないようだ。


 ここでBLに詳しくない方々に説明しよう。

 BLを語る上で、外せないのが「攻め」と「受け」。

 ものすごく端的に言えば、性交渉などの描写で、挿れられる方が受けで、挿れる方が攻め。もちろんこれは作者の偏見もあるので、気になる方は各自で調べてほしい。申し訳ない。

 閑話休題。話を戻そう。


 IRUKA さんのイラストを元に、涼平はストーリーを考え、小説を書く。

 涼平は、テーブルに原稿用紙を広げ、黙々と書いた。

 自分が考えたストーリーを。

 


 ご飯を食べるのも忘れてしまうくらい熱中し、両親が帰ってきたときに、慌てて原稿用紙を鞄にしまおうとしたら、テーブルに置いてあったお茶をこぼしてしまい、母親に怒られるのは、また別の話。



 ***



「え!? 小説書けたの? 国語の点数は平均点ギリギリの涼平が!?」

「へっへーん。まあな。てかなんでお前俺の国語のテストの点知ってんの!?」


 翌日、文芸部部室にて、昨日、涼平が急いで書き上げた短編小説を松本に提出したことを姫花達に報告した。

 ちなみに、松本と流歌は文化祭のことで、顧問の先生に呼ばれている。二人は実行委員だ。


「………よかったね、三浦君」

「 菜月さんのアドバイスのおかげだよ! ありがとう!」

「……………私は…、別に何もしてない」

 菜月に礼を言う涼平。菜月は少し口ごもっている。照れてうまく喋れないようだ。


 そんな様子を面白くないと言わんばかりのしかめっ面で、見ている姫花。

「どうした? 姫花」

 そんな姫花を心配するように、声をかける涼平。

「別にー、なんでもないしー」

 返ってきた返事は、かなり機嫌が悪いと主張しているような返事だった。

「なんか…、姫花怒ってる?」

「怒ってないっ!」

 絶対怒ってる。涼平はそう思ったが、言わないことにした。

「いやー、やっと俺も書き終わったわ。最後に終わったの俺だもんなー。相田あいだ先輩と橋本はしもと先輩も書き終わってたし」

相田あいだ先輩はいやいや書いてたわね。頭悪いし」

「……姫花、それ本人前にして言うなよ?」


相田あいだ先輩」と「橋本はしもと先輩」とは、涼平達と同じ文芸部の先輩である。

 この二人に関しては後ほど。


「……そう言えば。三浦君、何かいいイラスト見つけた?」

「うん! あのね、ピクリンで見つけたんだけど、IRUKA さんっていう人でさー」

 菜月の質問に答える涼平。松本と流歌が戻るまで、三人は腐女子・腐男子らしく、BLについて話し合う。



 文化祭が待ち遠しい。


 今日も今日とて、蝉はうるさく鳴いて、暑さが肌にまとわりつく。

 こんなに暑くても、夏が終わるのはまだ先だ。

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