最愛のあの人
「そろそろ、店仕舞いにしようか」
彼女は振り返りながら、そう告げる。
特徴的な黒く長い髪が、首の動きに合わせて文字通り一糸乱れず流れる。
時刻は午後9時。こんな時間に探偵事務所に尋ねて来る者は居ないだろう。
「今日は良いのを仕入れたんだ」
そう言って彼女はデスクから立ち上がり、冷蔵庫から______彼女は生活空間と仕事場を分けない______ワインの瓶を取り出す。
それから戸棚を開け、グラスを2つ取り出し机に並べる。
慣れた手つきでコルクを抜くとグラスの4割くらいの量のワインを注ぐ。
深く、暗い、それでいて鮮やかな赤紫色がその透明を満たしていく。
「じゃあ」
と彼女が言う。
「そうだな」
と俺が返す。
そしてグラスが2つ、小気味のいい音を1つ立てる。
酒の肴は会話だった。
話しているうちに自然と口が渇いて、グラスを口へ運ぶ。
改めて目の前の女性を見る。
美人だと思う。
長く豊かな真っ直ぐな黒髪。
イタズラ好きの少年の様に輝き、かつ老爺の如き深い知性を湛えた瞳。お転婆な少女のような口元。
「そういえば」
と、彼女が口火を切り今夜も長話が始まる。初めて出会った高校時代の事。楽しく過ごした大学時代の事。そして今の事。
俺は、彼女の笑顔に見とれていた。
企画用 人物描写集 いろはの @iroiro112
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