第4話 指さしゲーム

 ある日の放課後。

 今日も今日とて、水瀬(みなせ)は部室の扉を開いた。

 一番乗りであることが多い水瀬だが、所用で留守にしている間に三人の誰かがやってくることもある。

 今日もそうで、三人はそれぞれ備品のイスに座って本を開いている。

「それは、なに読んでいるの?」

 興味を惹かれて水瀬が問う。

「画集。広瀬まろやか先生の」

 広瀬まろやかといえば、ぷにっとした幼女を描かせれば右に出るものはないという、イラストレーター兼漫画家だ。

 とある大人向けゲームのSD原画を見て感激して以来、四狼(しろう)は氏の熱心なファンなのだった。 

「なるほどなるほど。四狼君は本当にまどか先生が好きなんだね。小林君は?」

「月刊ダラクビーム。ぬまじ先生の漫画が載っているのだよ」

 月刊ダラクビームは、いわゆる売れ線漫画というものは少ない。漫画好きな漫画家が描きたいものを描いている。

 そんな印象があって、広く取り上げられることこそないものの、コアな漫画ファンに支えられ、細々と、しかし脈々と続いている漫画誌だ。

 ぬまじ先生はそこの人気作家である。

「あ、そういえば発売日だっけ。あとで読ませてもらっていい?」

「ぜひもない」

 ぬじま先生の漫画は、水瀬もお気に入りなのだ。

「勇介君は、なにを読んでいるの?」

「エロ本だ」

「うん、なるほど……ってエロ本かい!」

「ふむ……水瀬君はノリツッコミは不得手なようだね」

「そこは放っておいてよ。それよりも! 勇介君はなんで部室でそんな本を読んでいるんだよ!」

「だって、研究室で読むと女子がうるさいんだ。セクハラだ変態だのと。誰がお前らにハラスメント? ノットハラスメント! 自意識過剰ぅ」

「え……? だから……?」

「だから、部室でハラスメント」

「場所の問題じゃない!」

「後で読むか?」

「読まないよ!?」

 水瀬がエキサイトしている理由に思い至らず、勇介は不可解そうな顔をする。

「オゥ、ジョージ。彼は一体なにを興奮しているんだい?」

 勇介がわざとらしいアメリカン口調で問いかけると、小林(コバ)も調子を合わせて、

「それはね、スティーブ、彼は君の年齢が成人に達していないことを気にしているのだよ」

「オゥ、スマートな答えをセンキュージョージ! これですっきりした気持ちで読書に戻れるゼ!」


「「HAHAHA!」」


「なに、そのやりとり、すごくバカにされている気がするんだけど! というか、だから読むなって言ってるよね!」

「まぁまぁ、落ち着きたまえよ、水瀬君。今の態度は僕らが悪かった。しかし、勇介も年頃の男子なんだ。人並みに異性に興味もあって自然。これくらい大目に見てやろうじゃないか」

「う、うん。まぁ、そうかな、そういうものかな……?」

 水瀬はこういう話題には若干気後れするところがあるのだった。

 小林はそれを肯定的に解釈する。

「勇介も。そういうのが苦手な男子だっているんだ。そんなあからさまなものを読むのは止めたまえよ」

「へーへー。悪かったよ。でも、そのちょいオーバーな嫌エロ……水瀬お前もしかして……」

「え、な、なにがなんだっていうのさ……!」

 まさかバレた? こんなところで?

「お前もしかして委員長タイプだろ!」

「……いや、やったことないけど」

 隠している、とある事情を悟られたのではないかと動揺した水瀬だったが、そんなことはなかったので安堵した。

 そもそも、この程度で見破られるような秘密ではないのだが、隠し事をしている罪悪感が過敏にさせているのだ。

 勇介が成人向け雑誌をしまって別に取りだしたのは、青年誌であった。

 裸の女性の代わりに水着グラビアが大量に掲載されている。

 学業に必要でないといえば、こちらも学校に持参するに不適切ではあるが、ならば四狼の画集や小林の漫画誌も同列であり、こればかり糾弾するのはおかしくなる。

 しかし、さっきの今でヌードグラビアから水着グラビアに移行したところで、釈然としない気持ちが水瀬にはあった。

 また、勇介も気分良く読書をしていたところに水を差された不快感があった。グラビアだって読書と言い切る。

「ふむ……」

 両者の心のしこりを感じとった小林は思案し、思いついたタイトルを叫んだ。

「輝け第一回! お前のタイプは誰でしょね、指さし大会ぃー! どんどんぱひゅぱひゅ!」

「は?」

「へ?」

「ルールは簡単。グラビアページを広げて五秒。一斉に直感で選んだ自分好みの女の子を指さすだけ! なんかたまにドラマとかであるやつなのだよ!」

「え、なんで急に!? 確かに見たことある気がするけど」

「カウントダウン! 五四三二、一! 決めたかね? では行くぞ。出さなきゃ負けよー最初はグー! じゃんけん……」

 よく知るかけごえを使う辺りに小林の工夫が見られる。出さなきゃ負けという抵抗を抱くワードが彼らにとっさの行動を起こさせた。

「ぽん!」


 水瀬 → 髪の短いボーイッシュな女の子

 勇介 → 清純そうなお嬢様(巨乳)

 小林 → アマゾネス

 四狼 → 幼女


「えー! 小林、マジで? それはないだろー? 筋肉の塊じゃん! マッスルマッスルー!」

「いやいやこの鍛え抜かれた肉体美がわからんとは、君がいかに世間一般のモテタイプに汚染されきっているか、お里が知れようものだよ」

「勇介君はそういう子が好みなんだ」

「……わかりやすい。さすが単細胞ス」

「黙れロリコン」

 どんどんいくよー。ページをめくってじゃんけんぽん!


 水瀬 → ポニーテールのかわいらしい子

 勇介 → 黒髪ロングの大人しそうな美人(巨乳)

 小林 → ツインテールのぽちゃっ子

 四狼 → ツインテールの幼女


「水瀬、それかー! あー、うん迷ったんだよ、確かに、俺も。特に目元かわいくねぇ?」

「あ、うん。ボクも目がいいなって」

「そして、勇介、君はまたそんな……」

「お前には言われたかないよ! なんでそのデブなんだよ! さっきと言ってること真逆じゃねーか!」

「そんなことはない。彼女がこのプロポーションを維持するためにどれだけ努力してると思っているんだ」

「食っちゃ寝してるだけだろ!? お前の趣味がわかんねーよ!」

「……みんな、理解に苦しむ。そんなだらしない年増のどこがいいのか。ロリぷにこそ至上ス」


「「ロリコンは黙ってろ!」」


 喧々囂々。自分勝手に主張して、次々とページをめくっていく。

 いつしか険のあったムードは霧消していた。代わりに大変ばかばかしい熱気に包まれている。

 もしかして、こうなることを狙って小林は企画を提案したのかと、水瀬は考えたが、渦中においては、イロモノ女子のマニアックな素晴らしさを熱弁する小林にそれを問うことはできない。

 取材と称して、漫画やドラマ、ラノベのよくあるやつを再現する。

 第十三文芸部の、これは立派なサークル活動なのだった。

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