第3話 ワナビ仲間なぼくら
いつもの放課後、部室にて、
目は泳いでマーメイド。足は貧乏揺すりで
お前は今から彼女の両親に結婚を申し込みに行くのかと思われる程で、
「あ、あのー。のど渇きませんかね? ジュースでも買ってきやしょうか」
彼の人間性が高潔であるとは保証できぬとはいえ今日はいつに増して卑屈である。なぜか。
それは、彼が自作の小説を友人に読んでもらっているからで。
読み進める彼らの沈黙に身の置き場を忘れ、勇介は喉が渇いているのは自分なのだと気づかない。
やがて、永遠ともつかぬ時を経て、彼らは勇介の小説の評価を下した。
「つまらないなぁ」
「つまらないッス」
「……つまらない、かも」
「なんでだっ!? なんでそんな酷いことをいうんだよ! お前らそれでもヒューマンか! 熱い血潮は流れているのかよぉ!」
旧校舎中に響くような大声で、勇介は吠え立てた。
他二人に釣られるように正直な感想を漏らしてしまった
「なんでって、面白いかつまらないか、評価してくれって言ったのは、勇介くんじゃないか。身内びいきも遠慮も容赦もいらない、ただ率直に感じたことを言ってくれって、そう言っただろ?」
「それはつまり、面白いって言えってことだろ! 俺は褒めて欲しいんだよ! マナーを守れよ!」
「ええっ! マナー違反なのっ!?」
滅茶苦茶な物言いを真に受けて動揺した水瀬が不安そうに他二人を見るが、一人はケラケラ笑っていて、もう一人は静かに首を振っている。え、どっち? どっちなの?
「水瀬君、常識的に考えるんだ。至極当たり前のことだろう」
ケラケラ笑っていた方が、水瀬の困り顔を見かねて、笑いを収めた。
「最悪のマナー違反だよ。絶交されてもおかしくないね」
「えーっ!? ご、ごめん、勇介くん、ボクはそんなつもりじゃ……だって、だってさぁ、そんなマナーがあるなんてわからないだろう? あ、いや、でも無知は罪となり得るよね。ごめん、そこはボクの落ち度だ。でも、ボクはいわば初犯なわけだし寛大な気持ちでボクを許してはくれないかな……あれ? なんでみんな顔を背けて……笑ってる? 笑ってない? 笑ってるよね。あー! さては二人してまたボクを騙したなー! コラー!」
繰り広げられるいつもの光景に、四狼はただ一人静観したままケミカルな味のする炭酸飲料を飲むのだった。
「……あー、ルートビアうまい」
ことの起こりはいつもの放課後。第十三文芸部の部室に勇介が自作の小説を持ち込んだことに始まる。
気心の知れた友人三名は、読んで感想を言う難事を嫌な顔一つせず快諾する。
友人らのその態度、まず読んでもらえるということに感謝しきりだったのだが、この時点ではまだ顛末を予想する余裕はなく、ただ不安混じりの昂揚した自尊心で勇介は一杯一杯だった。
読み手三名の内、一人は
一人は
最後の一人は、
「まぁまぁ。勇介君は自信作をつまらないと一蹴された無念を水瀬君で晴らしたかったのだよ。友ならそれこそ寛大な気持ちで許してあげるのだね」
「うん、まぁ、そうだよね。友だちだもんね」
「なにげに自分が便乗したのとか色々ごまかしてるだろ。小林、お前も共犯だからな?」
「そう尖るな勇介君。気持ちはわかるが、なにも僕らだって理由もなく君を傷つける意図はないのだ。つまらないと言ったのもちゃんと相応の根拠があるのだ。なぁ、四狼君」
コクリ、と頷く四狼君。
「……まず、作者がダメ。勇介が書いてるとかありえないッス」
「全面否定かよっ!?」
勇介、激怒し大噴火。
「そんなツラしてこんな駄文書いてるとか……はっはっは、ワロス」
「よーしケンカだな。これはケンカスタートだな。水瀬、ゴングを鳴らしてくれ」
「待て待て待て。人狼ジョークだよ、勇介君。その握った拳をおろしたまえ」
「……そうそう、人狼ジョーク。ユーモアを解する勇介なら怒ったりしない」
「オッケー、わかった。俺はユーモア人だからな。怒ったりしない。じゃあ、さっさと俺を褒め称えろよ」
目まぐるしく態度が変わり、居丈高に収まった勇介。
水瀬としては、本気でケンカになるかと思ったのに、なんだかんだで話が進んでいることを不思議に思う。
「じゃあ、この小説が、いや、勇介君が小説だと言い張るこの文章が、つまらないと思う点を挙げていこうじゃないか」
そこからは一方的な虐殺だった。
「まず、事件が起きるまでが長くないかね? 主人公が朝目を覚ましてから顔洗ってごはん食べて登校するとか、そんな普通のことを長々書かれてもかったるいだけだろう」
「うぐ……それは、日常シーンを書くことで世界観を説明をね……」
「だとしても、無駄に長すぎる。全然伝わってこないし」
「……いや、無駄なのは惡ではないス。面白味、けれんみが物語上では一件無駄に思える箇所に宿ることはよくあることスから」
「四狼、お前……!」
「けど、これは面白味が全く含有されてないス。正真正銘の無駄。ゴミクズ文章、産廃ス。話の下手な女子がひたすらオチのないトークをしてるようでただただ不快。なにこの自己満小説」
「四狼、てめえ……!」
「話の流れもどっかで見たようなテンプレ展開でデジャヴをぬぐえないな。なにこの主人公。実力はあるのに周囲から認められていないとか。いかにも中二病が好きそうな設定じゃないか。覚醒状態になると世界を滅亡させかねないから、過剰に力がセーブされていて最弱に甘んじていると、ほほう、そいつは大したものだ。僕個人としては好きにはなれないね」
「う、ぐ……」
「……ヒロインがひどいス。独善的で視野狭窄。スキが多いくせに下着を見られて怒るとか理不尽なところが多いのは何故スかね。安易なツンデレ設定でヒロインの魅力が出るとか思ってるやつは死ねばいいと思うス。ほら、このお涙ちょうだい的な不幸な生い立ち、家庭環境もチープ甚だしいス。設定雑だし」
「文章もノリに任せて書いている感があって、メリハリがきいていないのだな。君はいつもテンポ重視というが、粗雑な文章の免罪符にしてはいないかね。ほら、困ったらすぐに体言止め。擬音。同じ言い回し。君はアカホリ先生か。氏は意図的にこれをした偉人だが、君は文章技術を上達させる修練を疎かにしている無意識の怠惰に過ぎない。恥を知りたまえよ」
「コメディシーンや女の子をかわいく見せるシーンも、イマイチなにを書こうとしてるのか見えないス。シーンの目的や意義を定めず、手癖で既存作品にあるようなものを書いているから話がボヤけて曖昧になるんス。ほら、ここと、ここ。シーンを一つにまとめられるんじゃないスか?」
小林と四狼から湯水のように沸いてくる厳しい意見と罵倒の数々に、勇介のメンタルゲージはゲシゲシと削られ、いい歳した男の子だというのに無様に涙目。
「もうやめて! 勇介君のライフはゼロだよ!」
見ていられなくなった水瀬は勇介を守るように間に入った。
「なにもそこまで言うことないじゃないか。ボクたち、友だちだろ……?」
「水瀬……」
「いや、しかしだね、水瀬君……」
「……なんだ、勇介は水瀬に守ってもらうんスか。いいご身分スね」
「茶化さないでよ四狼君。なんと言おうと、彼の人格まで否定するのはおかしい。たかが創作の話じゃないか」
「たかが、創作……?」
ピキッと。
空気が凍る。水瀬は自らの失言を悟った。
たかが創作、ではない。
いや、彼らは、たかが創作と侮られるものに今この瞬間の心血を注いでいるのだ。青春を賭けているのだ。そういう生き物なのだ。
大勢の価値観からは、成功することで敬われ、それでさえ疎まれることがある。
生きるに必要のないものを、何より優先して限りある情熱と時間を捧げる創造者(クリエイター)。
技術は拙く、未熟で、実績もない素人であっても、彼らは自ら選んだその道を誇りを持って歩んでいく。
たとえ報われることのないとしても、理解を得られずとも。
水瀬とてわかっていた。
大人たちだけでなく、同世代の人たちからも、現実を見据えていない夢見がちな目標と笑われてしまう、そんなやり方に、そこにある本気の熱量に、水瀬は共感し、強烈に惹かれたのだから。
「ごめん! ちがう! そんな風には思ってないんだ」
「いいんだ、わかってる。小林も四狼も、俺も、そしてお前もわかってる」
勇介が水瀬の背後から肩に手をのせて、脇に寄せた。
「俺たちはラノベが好きだ。漫画が好きだ。アニメが好きだ。大好きだ。どうしようもなく好き過ぎて、それを作りたくてしょうがなくなっちまった、ろくでもない奴らだ」
プロになりたい。職業にしたい。鮮烈な羨望。
だけど現実はそう甘くない。やりたいと思って、プロと同じものが作れるようにはならない。
ほんの一握りの、本当に才能がある人間が、努力して努力して努力して、汗と血に塗れたその先でようやく到達できる領域。
生半可な覚悟では散るのがオチで、それは半端な結果に終わる覚悟も含まれていて。
「だから、必要なのは、適当に言葉を濁して、小説書いてんだすごいじゃーん、という連中じゃない。辛辣でも、酷評でも、俺のラノベを真正面から受け止めてくれるろくでなしなんだ」
ただ不当に貶めているわけではない。
彼の本気を知るからこそ、きつい言葉も口にする。たとえそれで彼を傷つけることになったとしても。
彼のラノベ作家の種を芽吹かせ、成長させるために。
水瀬は、そこに憧れ求めた友情のあり方を見つけた気がした。
「俺はお前らに会えたことを感謝している。なりたいなぁと願うだけのウジウジした日々から脱けだして、ちっとも上手くいかねえと足掻けるくらいにはなれた。ささいな一歩かも知れないが、踏み出せなきゃ前には進めない」
だから、ありがとう、と告白する勇介の真剣な様子から、その言葉が心からの嘘偽りないことが伺い知れた。
すぐに人を小バカにする小林が、ニヤニヤではなく、優しく見守るような笑みを浮かべ、四狼はそわそわと、ポケットに手を突っ込んでそっぽを向いた。照れくさいのだろう。
「俺は、お前らの言葉を受け取って、必ずラノベ作家になる! 水瀬、お前も俺のラノベに意見くれるか」
「うん。任せてよ」
水瀬は理解しきれたとは言えない。
けれど、勇介は厳しい意見を望み、友はそれに応えた。それに尊さを感じた。いいなと思った。
これも友情なのだ。だから。
過酷な創作の嵐の海に共にこぎ出す仲間となるために。
水瀬は口を開いた。
「この作品、描写が薄すぎてバトルシーンがイメージしにくいんだよね。誰がなにをしているか、すぐわからなくなるし、会話のかけ合いがイマイチというかかみ合ってない気がする。けど、この主人公がヒロインの下敷きになるところとか、そういうとこだけ描写がやたらと細かいし、もしかして勇介君の趣味なのかな……ちょっと気持ち悪い……」
「ぐふっ! み、水瀬、お前もか!」
「ヒロインがあっさり主人公に惚れちゃうのも男の子目線のご都合主義な感じがする。話の展開がもっと派手になっても良さそうなものなのに、なんだかんだでスケール小さくまとまってしまってるし、色々もったいないよ」
「ひ、ひぐぅ……お、俺は、もうダメかもしれ……」
「あと、盛り上がるからって、とりあえず人殺すのやめない?」
「ぐはぁっ!?」
「……」
四狼と小林が青ざめた表情で揃って十字を切る。
「……と。とりま、こんなところで……勇介君?」
「……」
返事がない。勇介は死んでしまっている。
「だ、大丈夫? 顔色が真っ青だよ?」
「だいじょばなひ」
「は?」
「うわぁぁぁ! そこまでいうことないだろぉぉお!?」
小林と四狼に散々ぼろくそになじられた挙げ句、最後の砦である水瀬にまで心に刺さる指摘を喰らった勇介は、大粒の涙をこぼしながら逃げ出していった。
残された水瀬、唖然。
「……あ、あれ? あれあれあれ?」
おかしいぞ? この流れはおかしいぞ?
「二人に比べてそこまでひどいこと言ってないよね? これが友情なんだよね?」
ポンと肩を叩かれた水瀬が背後を振り返ると、やたらイイ笑顔を浮かべた小林と四狼の姿があった。
「よくやった水瀬」
「ナイスフィニッシュ」
「え、ええーっ!? ボクじゃないよ! ボクじゃないよね!?」
「いや『ボク』だろう」
「ん。『ボク』ス」
「え、ボク? そのボクってボクってこと? ボクじゃないってこと!?」
「まぁ、どっちでも変わらないね。おやつにしよう」
勇介が逃げ去ったこともそうだが、それ以上に平然としている二人を受け入れられず、水瀬はオロオロと困惑し続ける。
勇介は泣いていた。泣かせた自分がいうのもなんだが、放っておいてよいのかと。
友だちならここで追いかけるものなのではないのかと。
その疑問を見透かしたように、小林はぴょんとイスに跳び乗って、勇介のペットボトルを勝手に飲み始めた。
「まぁ、心配はいらないさ。明日にはケロリとしているだろう」
小林の予想が間違っていなかったことを翌日水瀬は知ることになる。
勇介は、なんのわだかまりもない態度で部室にやってきたからだ。
そればかりか、
「最初のところで世界観の、しいてはこれはなに漫画なのかっていう説明ができてないんだよ。読み方がわかんないんだよ。コマの構図も似たり寄ったりで、なに? バストアップばかりなんだけど。これは顔漫画ですかー?」
「ぐ、ぐぐっ」
「……キャラも描き分けできてないス。つか、なんで全員年上の女の先輩なんスか、しかも爆乳。趣味丸出しキモいス」
「……う、うう、そ、そこは別によいではないかね? そういうコンセプトなんだ。その読み方云々は、勇介君の読解力の問題ではないかね?」
「は? 誰が読んでもわかるようにするべきだろ、少年漫画なんだし」
まるで昨日の焼き直しのような光景。
違うのは、攻守の配役だ。今日は、小林が描いた漫画原稿の下書きを勇介たちに読んでもらっているのだった。
昨日はあれだけ騒いだくせに、よくもまあ今日も同じようなことができるものだ。
水瀬は呆れてため息をつく。
しかし。しかしだ。
そんな彼らを悪くないと思うのも嘘ではないのだ。
こういう不格好なやり方もありかも知れないと思うのだ。
ただ。
彼らの作品はつまらない。水瀬はとても好きなのだけど。
「水瀬君、君はどう思う。この原稿はつまらなくはないだろう? いや、さすがに傑作とまでは言わないが、噛めば噛むほど味が出てくるというか! そんな感じであるはずで!」
「言ったって! 水瀬。昨日のように言ったって!」
「はいはい」
苦笑を浮かべつつ、水瀬は彼らの輪の中に入っていった。
さぁさ、みんなで仲良くケンカしよ。
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