第二章 6絶望する事の喜び

 



 ダーク達は公園で話し合った。

 それは日常化した話し合いになっていた。メリージュの出現、そしてその出現の意味をショコラだけが理解していた。切なく、憎むべきではないその理由をダーク達は知る事が出来ない。


「ダーク、セータンだけは守ってな」


 この声の意味、重み、訴えをダークは把握出来ていない事もショコラは受け入れている。

 言葉にして言えない彼女にとって、精一杯のヒントだった。

 メリージュが現れて一週間近くが経過していた。ダーク達はその存在を打ち消し、日常を、平和を装いながら暮らしていたが、内心不安や恐怖感があった。


「ダーク……」


 セータンの声……もう聞き慣れ、聞きすぎても尚聞きたいそんな声だ。話し方から今日のセータンは何かを隠しているのを察知した。


「何かあったか?」

「メリージュが来る」


 一心不乱にダークの言葉に食込みながら話すセータンから物恐ろしさを感じた瞬間、闇の渦が目の前に出来、一瞬にしてそこから凶変したメリージュが現れた。


「ーーーーフフフフッ」


 その笑い声は人を見下している……いや、絶望や苦しみを体感している様な笑い方だった。その証拠に目が剥いていて、瞬きが無く、身体や顔に無数のアザがある。


「ーーーー私はメリージュを殺傷し、フフッ抹殺したァァァアフフフフッーー」


 人じゃない、この世の感性を感じない……狂い、それでも狂い足りない姿だ。


「私、は、世界侵略組織ベータ・ノヴァ幹部ゥゥォ……美し、い……」

「ちょ、一旦落ち着け」


 そう止めに入るのはダーク。しかしこの何も考えず、軽く放った言葉にダークは苦しめられる。『見えない何か』がダークの身体に入り込んで来ている。


「う、ヴグッァ、あ、ぅぐ……」


 息を保つのが、平常を装うのが、もう限界に近く、苦しみの中で溺れ死にそうになって、セータンに目で『助けてくれ』と合図を送るが、届かない……見てはいけないものを見てしまった。


「いい気味ですぅぅ……」


 完全に目が逝っているメリージュ。昔の彼女の面影は一切感じられない。その彼女はまるで綺麗な景色を見て幸せを感じている様にダークを見つめ、セータンを見つめている。


「……どうですか?死の恐怖、死と同等の痛み、何も出来ない無力さ、己の弱さ、動けないセータン、貴方の最弱さ……フフフフッ」


「う、ぅ……」


 ダークは言葉を発しようとするも、苦しみがそれを遮る。セータンは震えて固まり、何動かない。いや、動けないのかも知れないが、ダークにそれを考える余地は無い。


「躊躇です、ね、慷慨です、ね?悲憤。荒涼、哀感、フフッ、哀れみ憎しみ悲痛、悲嘆……アァッ、美し、ぃ……嗚咽しますか?愁嘆しますか?慨嘆しますか?慟哭しますか?号哭しますか?落涙しても無駄ですよフフフフッ……」


 それは畏怖……恐怖心、狂ってしまいそうな、発狂してしまいそうな……でもそれが出来ない、人格が壊れそう……、。


「……シニマスか?」


 ダークはその言葉を聞く余裕が、体力が、精神力がもう無かった。メリージュの目的、俺の目的……全て散っていく様に畳み掛けてくる。


「ーーーーフフフフッ」


 メリージュは再び問う。


「改めてどうです?死ぬ恐怖は、その感情は、今の状況は……気持ち良、いですか?」


 イカれてるレベルを遥かに超えている。


「う、っっしょーーーぉごっ……」


 目の前でエル・クラスが倒れた。メリージュが直接手をやったのかは分からないが、エル・クラスは吐血しながら泡を吹いている。



 ーーーーーーマジで死ぬ。



 ダークは悲観し、絶望し、受け入れれない現実、今目の前で起きている事を受け入れる事しか出来なかった。



「ーーーーさせない。」



 セータンが立ち上がり、声にする。諦観しているダークの背中を押す様な言葉だが、ダークの意識は薄れていく。


「あらあらあらあらあら あららららふっ、フフフッフフフフフフフフッーー」


 その笑い声は追い詰められているダークを。この場にいる全員を更に痛ぶり、責め立て、苦しみの果てに追いやる様だ。


「ダーク 大丈夫だからね」


 そのたった一言でダークの苦闘や苦悩の苦しみが解放される。同時に『見えない何か』からの圧力が止まった。

 セータンから滲み出る温かさにダークは苦笑した。命を張ってダークを、皆を守ろうとする彼女をダークは裏切ってしまい、セドラに想いを寄せそうになっていたからだ。

 自分の愚かさが情けない。


「ダーク……好き?」


 この状況で彼女は問う、その目はまるで死に際に最後の言葉として遺言を聞こう……伝えようとしているようだ。


「大好きだ」


 この数秒の会話、何気ない仲がいいカップルがしそうなこの会話はダーク達にとって一番幸せを感じる事が出来る瞬間。



 ーーーーだった。



「死にますか?殺されますか?抹殺されますか?撲殺されますか?血を飲みますか?臓器を食べられますか?身体を汚されますか?フフフフッ」


 早口で話すメリージュの言葉は脳を流れるが聞き流す事は出来ない言葉だ。


「冥魔力をここに起用します 我が名はセータン 冥魔力魔界魔術書第六節において……」


「うぐぅ、ふ、ふふふ、フフフフッ」


 詠唱を始めるセータンをメリージュは嘲笑う様にし奇妙な笑い声を高く上げる。その顔は死んでいて空を見てた。

 セータンの詠唱を敵対視していない様に受け取った。


「狂いま、すか」


 それは今までしてきた問いかけではなく、提示でもなく、確定事項の様に感じる。


「う、ぅァァァあ、あ、あぁあ!!」

「セータン!?」


 メリージュは一歩たりとも動いていないが、恐らく彼女の仕業だと直ぐに分かる。

 セータンはその彼女に精神を侵され、軈てそれはセータン自身の人格へと変わる……



「うっ……ぎゃぎゃぁぁ、ぁあはは、あははぁ」



 セータンが一瞬にして変わり果てた。

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バイトの休憩中にしか使えない俺のチート能力 ねる @catmimi

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