第二章 5終わりの始まり

 


 ちなみに今の俺は無力だ。バイトの休憩中では無いからな。

 世界最強の俺にひれ伏せろ、エリー、武田蘭、セドラも無力に近い……


「うぉぉぉぉぉお!!魔滅空襲エンプティ」


 ショコラの刀に氷塊が纏まり付き、暗黒の様な雲煙が足元に出来る。


「ショコラ?何をしているのです」

「やめれ!!」


 ショコラの殺気が重々と染み渡るが、殺意や憎悪は無いように見える。魔滅空襲エンプティを出しているショコラの佇まいは普段とは違った。


「世界を守らないといけないんです!」

「うちはセータンを守らなあかん!!」


 メリージュが心奥から熱烈に叫ぶが、その訴えを打消すようにショコラは歯向かう。メリージュとショコラは相対し睨み合っている。敵対の目がジリジリと光る中、セータンも戦闘態勢に入っていた。


「おい、セータン?」

「メリージュを殺す」


 ショコラとは違って、狂乱し心が乱れている殺意の目はメリージュに向けられてる。俺はこの状況に恐怖を感じ、思考停止に陥っていた。


「仕方ないですね……」


 平穏な落ち着きを見せるメリージュだが、その身体は震え青ざめている。


「……一時撤退としますか」

「待てや!!」


「……ト」


 姿を消した。消える直前、メリージュは俺に何かを暗唱したが、伝わってこなかった。


「いやぁぁぁ!わーーーーーっっしょおおおおい!!」

「急に叫ぶなよ!!」


 エル・クラスがイキナリ叫び、俺はツッコミを挟むが、叫びたくなる気持ちは理解出来る。ショコラの身に纏っていた雲煙が消え、刀を腰に戻す。

 メリージュが消えた今も不穏な空気が漂い、息を呑むだけで心が打ち消されそうになる。


「くっ……やばいなぁ、そろそろ」

「ショコラはこっち側だったのだな」


 ショコラとセータンが深刻そうに話し始めた。俺達はその会話に入っていける自信が無く、沈黙する。


「……やっぱり」


 セドラがため息と共に独り言を吐く。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





 ーー3年前、並行世界




 セドラは大人しい高校生だった。

 厨二病であるダーク・ゴッドこと黒沢やすと同じ高校に通いながら付き合い、婚約まで交わしていた。しかし、その夢は叶わない。

 セドラは高校二年生の冬、エイズが発症してしまった。恐らく余命は短い……


 ダーク・ゴッドは彼女を守るべく、駅前で募金活動をする。悪足掻きにしかならない事は自覚していたが、こうする事しか出来なかった。



 ーーーー平凡な日々が変わった。



 セドラとダーク・ゴッドは小学校時代からの幼馴染みで、中学一年生の春に交際を開始する。周りからは『変わったカップル』として冷たい視線を浴びていた。

 ダークにとって。セドラにとって、そう言わても付き合えている事が幸せだった。


 毎日一緒に居た二人にとって、その事実はあまりに残酷で理不尽で……受け入れる事の出来ない現実だった。大学も一緒の学校行こう。と約束していて、二人は勉強を同じ部屋で行う。基本はセドラの家で勉強をする事が多かった。


 入院中のセドラに対してダークは毎日の様に言っていた。


『お前が死んでも、どこに行っても俺はお前を愛している』


 これを聞く事が絶望した人生の中で少し幸せを感じることが出来る瞬間だった。



 高校三年の夏。

 ダークは授業を受けている時、スマホの通知が大量に届き、それを見る。


『急いで来て!』


 セドラからの通知だった。恐らく送信しているのは彼女では無いだろう、と察しながらダークは教室を飛び出す。勿論、先生に止められるが、それを押しのけて病院に走った。


 病院に着くと、点滴に繋がれながら弱り切っている彼女が居た。ダークにとって、セドラと一緒に居ること、同じ空間にいる事が生き甲斐だった……

 まだ息は引き取っていない彼女だが、付き添っている医者からの言葉に愕然とする。


『持っても1週間ですね』


 軽く、無責任な言葉にダークは怒鳴った、感情を全て彼女の前で、医師の前で、セドラの両親の前で吐き出した。医者は何も言わず立ち去る。


『ーーーーーーーッ』


 ダークは何もしてあげる事が出来ない。それが一番憎かった。セドラの両親はダークにお礼を言った。その声に覇気がなかった。



 ーーーーダーク・ゴッドよ


 明らかに知らない人の声が空から、いや天井から聞こえた。ダークは生まれて初めて幻聴を聞くが、反応はしない。


 ーーーーセドラよ


 その声の主は突如病室に現れた。神話で出てくる女神のような格好、どこから現れたのか分からない非現実的な現象だが、ダークは驚かなかった。この現実に絶望し世界を憎んでいるからだ。


『並行世界に来てくれれば治せますよ』


 その言葉を聞き、ダークとセドラの両親は初めて振り返り、セドラも反応した。


『ただし、ダーク・ゴッドの記憶は消滅します』


 ダークはこんな非現実的な現象、信じ難い言葉だが、可能性が一つでもあるのなら賭けるしかなく、縋る思いでこの女性に誓う。


『俺の記憶がなくてもセドラを愛している だから大丈夫だ 治せるなら頼む』


 ダークは真剣に応え、セドラも小さく頷く。


『ーーーーーーダーク……』


 セドラがダークの名前を呼び何かを訴えかけたその時……ダークは並行世界で記憶を改ざんされ、偽りの記憶、人生、家族、性格を植え付けられる。セドラはそのまま並行世界に転移した。


『これで、向こうの世界で死んだ二人のコピーが出来たよ』


 女神は少し楽しんでいる表情でセドラの両親に向け笑いかけ、消える。セドラの両親やダークの両親は必死に二人を探し、警察に届けるが見つかるはずがない……

 並行世界に転移したのだから。



 そして、セドラは今の世界で健康に過ごしながらダークを探す。ダークはバンドを組んでバイトをしている……設定を植え付けられ、生活を始める。


 これが全ての始まりだった。

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