第5話 天知る、地知る
上官はまっすぐに承徳を見て、とん、とんと指で卓を二度叩いた。
「承徳、言いたいことはそれだけかい?では聞くが、今夜か明日にでも私達に追討の王命が下ろうというのに、そなたは一体どこでそれを受けるつもりだ?柳家、
「……」
部下は、唇を噛みしめ答えない。
――親友が大逆罪人として追われる身となるのだ、気持ちは十分にわかるが。
弦朗君はふうっと息を吐き、手元の書を閉じた。
「敏のことが気がかりか?」
「いいえ、あんな奴のことなんか!王や主君、あまつさえレツィンまで巻き込んで…」
「それがそなたの本心であるならば、王命に従い、躊躇いなく敏を殺せるな?」
「……」
上司は立ち上がり、いつにない、厳しい目つきで部下を見据えた。
「かりにも命官であるならば、王が討てと命じたら私情を捨てて討たねばならない、それはわかっている筈だ。違うか?」
「わかっています、でも…!」
「でも?」
「そう仰る主君はどうなんですか?本当にお言葉の通り敏を討てるんですか?」
弦朗君は部下の挑戦的な言辞に対しても、視線を揺るがせることはなかった。
「そうできぬとでも?私は王の
鋭く、重く、だが相手にというよりも、まるで己に言い聞かせるかのような口調だった。そして、承徳は「そなたであろうと」という一句に敏感きわまる反応を見せ、やり場のない怒りを
「俺だって覚悟くらい……でも、あいつに!真面目で、誠実であることしか取り得のないあいつに!大逆罪人の不義不忠者という評価が、これから永久について回る、その汚名を拭い去ることができないのがたまらないんです!」
それだけを吐き出してしまうと、承徳はがくりと膝をつき、両手で顔を覆った。
「何で……あいつが…」
くぐもった声が十指の隙間から漏れる。弦朗君は卓を回り込み、承徳の前で片膝をついた。そして、相手の細い肩にそっと右手を置いた。
「承徳……そなた、『四知』という言葉を知っているか?むかしの賢人が『天知る、地知る、君知る、我知る』と言って、悪しき誘いを断った故事のことだ。敏が本当は不義不忠者などでないことは、天も地も、私もそなたも知っているではないか。たとえ歴史には正しく記録されずとも、天地と私達が真実を知っていればそれでよい。それに、たとえ真実が記録に残されずとも、後世の誰かが記録の行間を読み、そこから真実を導き出してくれるかもしれない。承徳、そう思わないか?」
「思いません!いえ、とうていそう思えません…」
「承徳、こんなことを言う私だって、正直なところ辛い。でも、私達は彼の忠誠と真情を信じている。だから…」
上司の低い声に、部下は激しく首を横に振り、相手にしがみついていった。
「お願いですから……優しいことを仰らないでください。そんなことを言われたら、俺、あいつを許してしまいそうです…!」
自分の肩口に顔を埋め、嗚咽を漏らす承徳。彼が預けてくる体重は肩の傷にこたえたが、弦朗君はその背に手を回し、軽く叩き続けてやっていた。
「承徳、そなたは何かというと泣いているね。泣き虫もいいところだ。でも、その涙はいつも自分のためではなく、人のために流している。優しい奴だよ、本当に…」。
翌朝、ついに王宮からの使者が光山府に至り、弦朗君は正堂で王命を受けた。今頃、承徳も柳家で同じように命を承っている筈だった。
「光山弦朗君は王命を受けよ!このたびの大逆罪人すなわち趙敏の追討であるが、弦朗君は傷病の身につき、特に君恩をもって免ず。ただし、その代わりとして、部属の柳承徳を蓬莱北道にて捜索せしめ、同じく南道には
跪いて王命を聞きながら、弦朗君自身はさすがに顔色の変化を自覚せずにはいられなかった。
――呉一思!
弦朗君は唇をかんだ。
――これが、連中の意思か。どこまでも…。
彼等は、承徳がかつて敏と光山府で起居を共にしていた同輩であることを知っている。そして、弦朗君の聴取のとき、宰領府に盾突いたことも忘れていないはずだった。
「…光山様、ご返答はいかに?」
促されて、やっと彼は我に返った。王命の拝受でこのような不調法を働くなど、初めてのことである。
「…失礼した。私こと光山弦朗君は、王命を謹んでお受けいたします。忝くもこの身に聖慮を賜り、恐懼に堪えませぬ」
――承徳、「狩り」の獲物は敏だけではない、わかるか。上手く罠を飛び越えて行くがいい。
弦朗君は頭を深々と下げると立ち上がり、さらに瑞慶宮の方角に向かい
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