26 贅沢者と嘘(act.泉)
それから私は家に帰るなり、部屋のベッドに飛び込みました。枕に顔を埋めて、抱き締めるようにぎゅうっと押し付けます。
私、私……っ、侑さんに、だっ、抱き……っ!
私が暖かいと思った場所、それは侑さんの胸の中でした。腕を引っ張られた私はそのまま侑さんに、強く強く抱き締められていました。私は大パニックになって、目の前がぐるぐると回っていましたが、侑さんは私を包み込む腕の力を緩めません。両手も一緒にしまい込まれていたので、何の抵抗も出来ずにされるがままの状態でした。
『ごめん……、もう少し、このまま……』
そう言った侑さんの声は、消えてしまいそうなほど小さくて。すごく寂しそうな、悲しそうな雰囲気だった侑さんから出た言葉。私は何が何だか分かりませんでしたが、それは侑さんが今とてもつらく感じていることなのだということが直に伝わり、思わず涙腺が緩んでしまいました。
『侑さん……』
『泉ちゃん、ごめん……』
私たちはしばらくそのまま、時を過ごしました。
侑さんの言っていた“あいつら”……、これは一体誰のことを指しているのでしょうか。バスケ部員の可能性だってありますが、可能性が高いのは光稀さんと透子さんのこと。帰り際に侑さんに聞いてもみましたが、そこに関しては教えてはくれませんでした。
そして今日私が【frappé】で感じたことは、透子さんは光稀さんのことを好きなんじゃないかということです。これは完全に私の予想ですが、透子さんから強い電流のように感じるあれは、恐らく嫉妬……。本当に仲の良い皆様なので、もしかしたら透子さんは、光稀さんと響花さんが一緒にいるようになれば、これまでのように三人でいられなくなるのが嫌だという意味なのかもしれませんが。
私はスマホを取り出し、LINEアプリを起動させました。トーク画面の一番上にあるのは、侑さんの名前。ここ最近で一番連絡をとっているという証拠です。私はそんな小さなことにも幸せを感じ、思わず『ふふっ』と笑ってしまいました。
神様。私は、贅沢者なのでしょうか。
それから数日経ったある日のこと、侑さんからLINEが来てバーベキューに誘ってくれました。何と光稀さんの想い人、響花さんからのご提案だそうです。しかもとても豪華メンバーです。光稀さんの妹さんも来るみたいですし、これはとても楽しみです。
買い出しや当日に向けた準備を皆様と一緒に行いました。光稀さんがグループLINEを組んでくれたおかげで、いろんなことがスムーズに進んでいます。さすがは光稀さんです。
そして当日、透子さんオススメのウォータープルーフの化粧品を使いメイクを済ませました。待ち合わせ場所は光稀さんのご自宅でしたが、場所が分からず困っていたら侑さんが『一緒に行こう』と誘ってくれたのです。侑さんから言われた指定の場所へ行くと、そこには透子さんもいました。透子さんの私服、あいかわらずとっても可愛い。ただ露出が多くて私には着る勇気が出ません。これは透子さんだからこそお似合いの洋服なんだと思います。それに比べて私は動きやすくジーパンだし、色気ないなぁ。最初は自分が良いと思って『コレッ』て決めても周りと比べてしまって、自信をなくしてしまうのは私の悪いところだと分かっているんですが。
それから私たち三人は他の皆様とも合流をして、初めて未来ちゃんと響花さんにご挨拶をしました。
未来ちゃん。やはり兄妹ということもあって、何となく光稀さんと似ていて、とっても可愛らしい女の子です。でも、何というのでしょうか。どこか寂しそうな表情をしています。
そして響花さん……、本当にお綺麗な方です。思わず五秒ほど固まってしまいました。光稀さんが好きになってしまうのも頷けます。ああっ、私も響花さんみたいに美人だったら、侑さんにも自信を持ってアプローチ出来たかもしれないのに。
移動中の車内では、私は侑さんの隣に座ることができました。あんなにLINEをしているのに、最近も買い出しで会ったのに、それから……あんなこともあったにも関わらず、私はやっぱり恥ずかしくてもじもじしてしまいました。頬杖をついて景色を眺める侑さんが退屈そうに見えてしまった私は、一生懸命話しかけました。それでも侑さんの反応が薄くて、『ああ、私は何てつまらない話しかできないんだろう』と自分を責めました。
すると――膝に置く私の手に、とても大きく暖かなものが覆い被さってきました。それが侑さんの手だと気付くのに時間がかかりましたが、私はその後すぐにカァッと全身が熱くなり、『えっと、えっと』と言葉が出ずに目を回しそうになりました。
それはすぐ目の前に座っている光稀さんや透子さんからは死角となる位置。つまり、私たちしか見えない位置で行われている、私たちしか知らない行為。恥ずかしい。嬉しい。どうしよう。なんで。いろんな思考や感情がぐるぐると私の中を巡ります。
それから到着するまで実にあっという間のひと時でした。到着した瞬間、侑さんは手を退けます。透子さんが『着いたぁ!』と後ろに身を乗り出してきたこともあるのかもしれません。もうちょっと、あともう少しだけ、あの時間が続けばいいのに、と、また贅沢なことを思ってしまいました。
今回バーベキューをする場所は、本当に素敵なところでした。響花さんらしい、とても感動を呼ぶ美しい場所。私は思わずスマホにその景色を残しました。それから早速準備に取り掛かったのですが、そこで響花さんの彼氏さん、朝比奈さんが現れました。私はすぐに光稀さんに目をやります。そこには、とてもつらそうな光稀さんが立っていました。いつもの明るい光稀さんはそこにはおらず、すごく困った顔をした光稀さんがいました。そっか……この前【frappé】で透子さんとお話していたのは、そういうことだったのですね。
朝比奈さんはすごく手際の良い方でした。すぐに私たちに馴染み、指示を与えてくれます。一緒にグリルや食材の準備をした時は、とても優しく教えてくれました。
そんな時、光稀さんの悲鳴が聞こえました。私がそちらに目をやると、透子さんが光稀さんに……、う、馬乗りにっ。うう〜、私には刺激が強すぎますぅ。
でも、その時の透子さんの表情、私にはとても印象的でした。まっすぐ、光稀さんを見ている透子さん。眩しい。ただ見ているだけしかできない私とは、全然違います。透子さん。透子さんの気持ち、すごく、すごく私には分かります。やっぱり透子さんは、光稀さんのことを、きっと――
『ねぇ響花さん。この辺って、肝試し的なのできないんですか?』
透子さんからの提案。私は思わず割り箸を下に落としてしまいました。それに気付いた未来ちゃんが、新しい割り箸を持ってきてくれます。ままま、待ってください。私、ほほ、本当に、こっ、怖いのは。
そんな私情を他所に着々とペアが決まっていきます。私のペアは……あ、光稀さんです。侑さんじゃなくて残念とか、そんなこと思ったら光稀さんには失礼なので胸の奥の底の底へと沈めます。
『いい、行きましょう。いき、いき、行きましょう!』
私は進み始めましたが、体は正直でした。光稀さんに、『右手と右足同時に出てるよ』と小声で言われました。ああ、私ってば本当にダメダメですぅ。
どうして夜というだけで、こんなに怖さが増すのでしょうか。たぶん昼間に来たらそうでもない場所なんでしょうけど、この両サイドに生えている木が、とてもホラーな味を出していてとても怖いです。
「泉ちゃ」
「あひゃああっ‼︎」
「うわぁ、ビックリした!」
光稀さんに名前を呼ばれただけなのに、めちゃくちゃビックリしてしまいました。
「ごご、ごめんなさい光稀さん」
「い、いいよ、俺は大丈夫。相当怖がりだね。泉ちゃんが嫌じゃなかったら服、握ってていいよ」
「あ……はい。すみません……し、失礼します」
私は失礼して、光稀さんのシャツを握らせてもらっちゃいました。これだけでも、すごく安心する。
光稀さん。侑さんとは違ってどこか中性的な趣の光稀さん。とても優しい光稀さん。笑顔の素敵な光稀さん。透子さんは、光稀さんのこんなところにきっと惹かれたんでしょうね。こんな私にも、優しくしてくれて、本当に嬉しいです。
「雰囲気出てるなぁ。昼間はあんなに幻想的な場所だと思ったのに、ちょっと歩くとこんなに怖くなるもんなんだね」
「そっ、そうですね。とても怖いです。す、すみません、本当に私、怖がりで」
「あ、じゃあさ。怖さが飛ぶような話でもする?」
「いいですね。ぜ、ぜひそうして頂けるとっ」
ぷるぷると震える私を見かねてか、光稀さんがいい提案をしてくれました。
「あのさぁ、この前泉ちゃん、侑と歩いてなかった?」
「へっ⁉︎」
み、見られていたようです侑さん。な、何と返せばいいのでしょうか。でも侑さんからは光稀さんにも透子さんにも内緒って言われましたし。
「侑に聞いても教えてくれなかったんだよなぁ。だから泉ちゃんだったら教えてくれるかなぁって」
「えと、あの……ですね」
侑さん、言わなかったんだ。侑さんが大事にしている光稀さんに、聞かれても。
「あの……、ぐ、偶然会ったんです。たまたま。私が夕食の買い出しをしている時に……」
「なぁんだ。そういうことか。侑も変だよな。それくらいだったら教えてくれてもいいのに」
ごめんなさい、光稀さん。私、嘘……ついてしまいました。ものすごい罪悪感でした。光稀さんは私にもこんなにも良くしてくれているにも関わらず、私は光稀さんに嘘を言ってしまいました。
「でも、良かったね、泉ちゃん。偶然会えて」
ニコッと微笑んでくれる光稀さん。光稀さんは私の恋を応援してくれているのに……。侑さんには内緒って言われたけど、私……。
「あ。仕掛けのポイント到着〜」
林を抜けると、そこには小さな河原があり、魚を取るための網や籠などが設置してありました。ここが折り返し地点となります。
私たちは来た道ではなく、もう一本元の場所へ戻る道を見つけると、二人でその暗闇の中へと入って行きました。私の光稀さんのシャツを握り締める力は、より一層強くなっていました。
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