27 あたしだったら(act.透子)
響花さん――
みっくんが想いを寄せている響花さん。
相模まつりで会った時には、とてもじゃないけどあたしは敵わないと思った。年上だからとか、そんなんじゃない。人間として、完璧な人だと一目見ただけで分かった。あたしは写真が好きだから、プロではないけど、たくさん人物を撮ってきたからそれが何となく分かる。全くスレてない、まっすぐで、綺麗で、まるで――まるで、みっくんのような人。
そしてそんな響花さんには、彼氏がいることが分かった。それを知った時のみっくんの顔……。そんな、そんな寂しそうな、捨てられた子犬のような顔しちゃって……。そんなみっくんの顔、初めて見た。お父さんが亡くなった時とは、何かが違う表情だった。失恋した時って、そんな顔するんだね、みっくん。
でもごめん、みっくん。
あたしね、あたし……響花さんに彼氏がいるって知った時、すっごい嬉しかった。これでみっくんは響花さんを諦める、そう思った。だって、朝比奈さんってテレビにも出るような有名なドッグトレーナーだし、あたしも見惚れるくらいのイケメン。最初見た時は正直、何かゾクッとするものを感じて変な気持ちになったけど、そんな人に高校生のみっくんが敵うわけないと、そう思ってしまった。
そうだよみっくん。二六歳の響花さんが、一八歳のみっくんを恋愛対象としては見てくれないよ。ましてや彼氏がいるんだよ。それは奇跡でも起こらない限り、無理な話なんじゃないかな。響花さんは憧れに留めておいて、ねぇ、こっちを――あたしを、見てよ。
――『俺は、響花さんを好きであり続けたいと思う』
どうして。
どうして、勝ち目もない恋にまっすぐになれるの?
ねぇ、みっくん。
こんなに身近に、あなたを想っている人がいることに気付いてよ。
『だってさ……』
『そっか。光稀、諦めないつもりなんだな』
それはいつもの帰り道。あたしはあっくんと一緒に帰っていた。【frappé】であった出来事をあっくんに報告していた。
『諦めないっていうよりも、なんて言えばいいんだろ。響花さんの恋は応援するし、朝比奈さんから奪い取ったりするつもりもないんだって。一方的に好きでいたいんだって』
『へえ……そっか』
あたしがいつもよりも口数が少ないせいか、無言の時間が続く。あたしはさっきからずっとみっくんの話ばっかりしているけど、あっくんはそれを黙って聞いてくれている。たまに『もっと喋りなさいよ!』ってあっくんに言うこともあるけど、今はこれくらいが丁度いい。
『そんな恋愛、何がいいのよ。みっくん、馬鹿じゃないの』
『まぁ、あいつは昔から馬鹿だけどな』
『そうかもしんないけどさ』
『ま、俺も馬鹿だけど』
あっくんはいちごミルクを片手にそう言った。
『あっくんはみっくんよりだいぶマシでしょ』
『いや……俺の方がずっと馬鹿だよ』
『成績上位じゃん』
『頭の良さとか関係ねぇよ』
たまぁに、あっくんの考えていることが全く読めないことがある。今回もそんな状況。あたしは『ふぅん』と軽く返事をした。
『でもあたしも、諦めない。っていうか、相手に彼氏がいるって分かったし、みっくんに……好きな人に振り向いてもらえるなら、あたしどんなことだって、できる』
あたしの決意は固い。性格上考えや思いを曲げないところは元々備わっているけど、みっくんに対する想いは、誰にも負けない。
すると、あっくんがあたしの頭をぽんぽんと撫でてくれた。
『……頑張れよ』
そう言って――
それから、あたしはみっくんに対してより積極的にアプローチをかけるようになった。まぁ前からよくみっくんに対しては触れることが多かったんだけれど、それがエスカレートしていった。でもみっくんの反応はいつも一緒。お遊びの延長でしか感じていないんだろうな、といつも虚しかった。
その度にあっくんに愚痴を吐いた。あっくんもあんまりリアクションする方じゃないけど、私の話はよく聞いてくれた。
『あっくんてさ、彼女とか作らないの?』
『またその話かよ』
夕焼けがどんどん水平線に沈んでいく帰り道、あたしはあっくんに尋ねてみた。もう何度目かになるこの話題。
『あっくんはあんまり自分の話はしない方だけどさ、好きな人くらいいるんでしょ?』
『どうなんだろうな』
また、はぐらかされた。
『あっくんイケメンのくせに、彼女作んないのとか勿体無いよ。誰かいないの? 言い寄ってくる子とかでさ、可愛い子。あたしばっかりあっくんに相談乗ってもらってるから、あたしも話聞くよ』
『協力、か……』
あっくんは表情を変えずに、月が薄っすらと見え始めた黄昏た空を見上げた。
『そうだな。じゃあさ、透子』
その時のあっくんは、何だかすごく真剣な顔をしてて――
『俺と――』
『え?』
ちょっとその表情に、あたしはいつもの調子が出せなくて、心臓はドクンと痛いほど高鳴った。
『なんでもねぇよ』
『ええっ⁉︎ もう、あっくん‼︎』
『どうした? あ、まさか俺に告られる〜とか期待でもしたか?』
『あああっ、うるさい! あっ、こら、待てー‼︎』
笑いながら走り出すあっくんを、あたしはドキドキを誤魔化すように追い掛けた。きっと、あっくんはカッコいいから、それにドキッとしただけ。ただ、それだけだと、思う。
そして後日、あたしはみっくんからバーベキューに誘われた。響花さんが主催みたい。何なのみっくん、その嬉しそうな顔は。お肉食いたいから、とか言っときながら本当な響花さんに会いたいだけでしょ。ああもう、仲良くしている二人の姿を見るのは嫌だけど……
『いいよ。あたしも行ってあげる』
こうしてあたしたちは、バーベキューに行くことになった。準備を済ませ、当日を迎える。
みっくんの家に着いた時、久しぶりに会う未来ちゃんに思わずハイタッチをしに行った。未来ちゃん、本当に可愛い。泉ちゃんと三人でガールズトークに華を咲かせながら、あたしたちは響花さんの自宅へと向かった。響花さんの家はとっても綺麗なお家だった。『おまたせ』と言って、家から出てきた響花さんなんて、もっと綺麗だと感じた。この人、みっくんの好きな人だからなんとなくムカつくけど――本当、美人な人。
車に乗り込む時、あたしはみっくんの隣をいち早く取った。三人掛けのシートだから二人だとちょっと余裕で。でもくっついて座りたいから、あたしはみっくん側の窓から景色を楽しんだ。ちょっと強引すぎたかな。でも、少なくともあたしがみっくんに触れている時間、触れているその場所は、みっくんがあたしのことを考えて、感じてくれる嬉しいひと時。あたし、頑張るよ。響花さんなんかより、あたしの方がみっくんのことたくさん知っているし、みっくんのことを誰よりも分かっている自信がある。みっくん。あたしは大切なみっくんのためなら、なんだってするよ。
そして、あたしたちはバーベキューを行う河川までやってきた。ヤバイ……すっごく幻想的……。あたしは無意識にカメラを握りしめて、その景色を撮影していた。こんな場所があったなんて。こんなロマンティックなところに、今度みっくんと二人だけで来られたらいいのに。
河川に降りたあたしは泉ちゃんを誘って、川の中へ入っていった。水が冷たくてすっごく気持ちがいい。何だか、この流れで心も澄んでいくような感覚がする。みっくんに対して嫉妬ばかりして、すごく嫌な気持ちになる。あたしだって嫉妬なんてしたくない。しているこっちは、本当につらいんだから。そんなあたしの嫌なところを、この川は全部お見通しかのように、あたしの足に水を当て、そして流れていく。
そして声が聞こえた。相模まつりの時にも聞いた、爽やかな声。それは響花さんの彼氏、朝比奈さんだった。まさかのサプライズ。響花さんは『えへへ』って笑っているけど、みっくん……すっごくつらそうな顔しているね。みっくんは、嫌だよね。イチャイチャする二人を見なくちゃいけないもんね。でもみっくんは嫌だとか絶対に言わないから、溜めちゃうから、ひとりで抱えちゃうから、しんどいんだよね。
あたしが支えるよ、みっくんのこと。
あたしだったら、みっくんを支えられる。
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