25 強さと弱さ(act.泉)
侑さんに連絡先を教えてもらっちゃった私は、レモンティーを飲み終わるまで【frappé】に残り、途中まで一緒に並んで帰りました。しかも侑さん、目覚めたレモンティーの代金出してくれたんです。私もたくさん頂いたからせめて半分って思っていたのに、「いいよ」とスッと手を出してきました。はうっ。侑さん。侑さん。なんであなたはそんなに私に優しくしてくれるんですか。
【frappé】の帰り道、もう辺りは暗くなりつつあります。夏は日の時間が長いので、帰る時間にまだ明るさを感じるとちょっと得した気分になります。だけど、今日は得なんかで片付けられないような事態が起きています。侑さんが【frappé】に現れ、一緒にお茶に誘ってくれたのです。もうずっとドキドキしっぱなしでした。どうしよう。この音が侑さんに聞こえちゃったら。
『今日は楽しかったよ。ありがとう、泉ちゃん』
『あっ、いえ。私なんかでよければ、いつでも』
御礼を言うのはこちらの方です、とパッと顔を上げたものの、侑さんがあまりに素敵なお顔でこちらを見ていたので思わず逸らしてしまいました。私はこんな時にうまくいかない自分を責めるように、唇をもにょもにょっと動かしました。
あんなにモテモテで人気者の侑さんが、今こうやって私との時間を作ってくれている。私なんてこっそり見ていた数多くの侑さんファンのひとりに過ぎないのに。奇跡ってこういうことを言うんでしょうね。すごく、幸せ。
『レモンティーって結構美味しいんだね。また頼もうかな』
『はいぜひ。侑さんいつもいちごばっかりですし、たまには……』
『あ。よく知ってるね、俺がいちごばっかり頼んでいたの』
『ふぁっ!? え、えと、あのっ』
し、しまった。もう私にとっては一般常識的な感覚だったけど、侑さんからしたら『なんで?』ってなっちゃいますよね。ああ〜やってしまいました。いつも見てますから、とか言えないし。うぅん。
『あ、俺いっつも【
『そ、そおです。そおなんです。私結構記憶力良くって』
よ、良かった。何とか侑さんのナイスフォローによって事態は回避できました。
『……ご……わる、した』
『え?』
私がホッと胸を撫で下ろしていると、侑さんが何かを言っていたんですが聞き逃してしまいました。私は「え?」と聞き返しましたが、侑さんはそれについては何も言ってくれず、また私の方を見下ろしてにこっと優しく微笑んでくれました。
『泉ちゃん』
でも、その表情はどこか――
『また、一緒に帰らない?』
どこか、悲しい表情に感じました。
それから侑さんからよく連絡が来るようになりました。特に規則性はなく、多い時では毎日、かと思うと一週間に一度だったり。そんなにLINE自体が何往復も続くわけではないのですが、〔部活疲れた〕という内容のものが多い印象です。私は侑さんとこうやって離れていても連絡を取り合えること、そしてこの会話は私たち二人だけのものなんだと思うと嬉しくて仕方がありませんでした。私は枕に顔を埋め、足をパタパタさせます。ただ侑さんが時々私に念押しをしてきます。
〔このことは、光稀や透子には言わないで〕
ど、どうしてでしょうか。私はお二人にぺらぺら喋るつもりもないのですが、この嬉しさを誰とも共有できない寂しさは少しだけ感じましたが、侑さんのためなら私はそれくらい我慢できます。
それから侑さんと帰る頻度もちょっとだけ増えました。普段侑さんは透子さんと帰っているのですが、透子さんが部活のない日や侑さんの帰りが遅くなった時は【frappé】の前で待っていてくれます。な、何だか恋人同士のような気がしてとてもドキドキします。侑さん。侑さん。私はこんなに幸せでいいのでしょうか。
そしてある日、光稀さんと透子さんが【frappé】にやってきました。侑さんは……いないか。でも普段から侑さんとの時間が増えたので、もちろん寂しい気持ちはありましたが、そこまで強くはありませんでした。でもそんな私の微かな表情を読み取って、光稀さんが気を利かせてくれました。優しい優しい光稀さん。ありがとうございます。
そしてこの日、私は光稀さんに好きな人がいることを知りました。思わず『ええっ⁉︎』と声を上げてしまい、後から店長に叱られてしまいましたが。とほほ。
でも光稀さんが光稀さんの好きな人――響花さんのお話をしている時の透子さん、何だかいつもよりも表情が暗くて、何だかつらそうで……。まるで、まるで透子さん、嫉妬しているようにも見えました。同じ女性だからでしょうか。何となく分かります。透子さんもしかして、光稀さんのこと――
そしてこの日も侑さんは【frappé】の前で私が終わるのを待っていてくれました。
『す、すみません、侑さん。お待たせしてしまって』
『ううん。全然待ってないよ、大丈夫』
嘘です。侑さんが部活終わってからもう一時間以上は経っています。今日はバイトメンバーが少なくて私が残業したから、かなりの時間お待たせしてしまったというのに、どうして侑さんは私を責めることなく、怒ることなく、優しい笑顔を見せてくれるんですか?
私と侑さんは歩き始めました。いつも侑さんは私の歩くペースに合わせて歩いてくれます。侑さんは足も長いので歩幅が広く、最初頑張って合わせていた私に気付いてくれたようで『ごめん、歩くの早かったね』ととても申し訳なさそうな顔で謝ってきました。それから侑さんは私のペースを意識して、一緒に並んで歩いてくれます。必ず『こっちおいで』と歩道側を歩かせてくれます。この前なんて私がお母さんから買い出しを頼まれた時にも、スーパーに一緒に行ってくれただけでなく、買った荷物まで持ってくれました。
侑さん。侑さん。私、あなたを知るたびに、知らなかったあなたを知るたびに、どんどん侑さんに惹かれているのが分かります。どうしよう。本当に、本当に私――侑さんのことが大好きです。
『今日は光稀さんと透子さんが来ましたよ』
私は今日の【frappé】のことをお話しました。侑さんも来て欲しかった、なんて、そんなことは言いません。侑さんが困ってしまうようなことは言わないようにしています。もしここで私があなたに、私の想いを伝えてしまったら――侑さんは、困っちゃうと思うから。
『そっか。本当に……、本当に行ったんだな』
『え、侑さん……どうしたんですか?』
明らかにしゅんっとなった侑さん。何だか寂しそうです。どうしたんですか? 何かありましたか? こんな私でよかったら――
『私でよかったら、お話聞きますよ』
侑さんは、ちょっと驚いた顔でこっちを見ているような気がしました。
『侑さんは私に、たくさんのことを与えてくれています。私は侑さんに感謝しているんです。こうやって二人で帰る時間も、LINEをしている時間も、私にとってはどれもかけがえのない素敵な時間なんです。だから……、だから私っ!』
してもらうばっかりじゃ、嫌だから。もらうばっかりじゃ、ダメだから。私も、あなたに何かしてあげられることは、ありませんか?
『い、泉ちゃん』
『ふぁ、あ、あれ? ご、ごめんなさい、なんだか私――』
ああっ、わわ、私、侑さんに告白したみたいになっちゃいました! 困らせないようにって思っていたのに、やっぱり私って何やってもドジで頼りなくて頭悪くて、それからそれから――
『俺』
私が『ひぃん』と頭を抱えていると、侑さんが口を開いてくれました。
ただその時の侑さんは、指定かばんを肩から下げながらポケットに手を入れて、それから少し俯いて、とても悲しい表情をしていました。
『俺は、弱い』
『侑さんは、よ、弱くないですよ!』
ひぃひぃ言っていた私は、侑さんの発言につい言い返してしまいました。
“弱い”――それは侑さんの心なのか、体力的なものなのかは分かりませんでしたが、私がずっと見てきた侑さんは、バスケ部のエースで、学校中の女子生徒からとても好かれていて、光稀さんや透子さんのことを本当に大切に思っているとても素敵な侑さんです。
『弱いんだよ』
『あ、侑さん……』
『俺は泉ちゃんが思っているほど、すごい人間じゃない』
『いえ、でも……』
侑さんの俯きは、更に深くなって表情を隠すようにそっぽを向いてしまいました。私が見上げるほど身長が高いのに、侑さんの顔が、見えません。
『侑さん、あの……』
『俺は……っ!』
私は侑さんが声を上げたのを、初めて耳にしました。さっきまでポケットに入っていたはずの両手は外に出ていて、力強く握られています。私は思わず一歩引き、震える両手で口元を隠しました。
『俺は……っ、あいつらのやりとりを落ち着いて見ていられるほど、強い人間じゃない!』
侑さんの苦しみが溢れ出した瞬間――私は、侑さんに腕を引っ張られていました。
そして気付いた時には、私はいつか夢見ていたとても暖かいその場所にすっぽりと包まれていたのです。
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