13 私を見てほしいから(act.泉)
今日は春の日差しが眩しい、とてもいいお天気。私は窓から差し込む光の線で目を覚まし「んー」っと背伸びをした。「お父さんお母さん、おはよう」と挨拶をすると、「あら泉、早いのね」と笑って返してくれました。私が起床する時間にお父さんは会社に行くため家を出ます。お父さん、いってらっしゃい。今日も一日頑張ってね。私はパートの準備をするお母さんに代わりに、いつものように家事を引き継ぎます。朝食の後片付け、家族全員の洗濯、家中の掃除などなど。私の朝は、忙しいのです!
私は瀧本 泉。今年一七歳の女の子。大好きなお父さんとお母さんの間に生まれた一人娘です。
私はとあるカフェでバイトしています。いわゆるカフェ店員というものです。でも、都会で働いているような素敵なカフェ店員さんとは違って、こんなちんちくりんな私が働いているのは奇跡に近いようなものなんです。
そんな私が働いているカフェは【
一通りの家事を終えた私はお店に出勤するための準備をします。顔を洗って化粧水をぱちぱち。お顔にクリームを塗ってお粉をとんとん。アイシャドーは春らしくピンク色をチョイス。ちょっとラメとかのせてみたらいいことあるかな。ビューラーで睫毛をぐぐーっと上げて、マスカラ下地を塗ります。これをしないと私の睫毛はすぐにへこたれてしまうんです。乾かしている間にアイブロウで眉毛をかきかき。そして濃茶色のマスカラを睫毛に塗って、ピンクのリップを唇の上で滑らせて最後に「んーぱっ」。このリップは透子さんに教えてもらったものです。見た目も可愛いのでお気に入りです。
あ、何だか気分が良くなってきました。「~♪」。私は鼻歌を歌いながら、コテを使って髪の毛を巻きます。くるくる~。今日はいつもより緩めにして、更にサイドに三つ編みを作ります。そしてその三つ編みを後ろでくるくるっとして。完成しました。あ、今日は何だかメイクも髪型も良い感じ。
洋服に着替えなくちゃ。白いブラウスにスカートを履きます。今の流行はシャツインです。これでちょっとは足長効果ありますでしょうか。私は短足なので必死です。茶色の小さなショルダーカバンを肩にかけ、春らしい白いパンプスを履いて、小さな声で「いってきます」と家の中に挨拶をして、さぁ私も出勤です。
【frappé】までは歩いて通勤します。片道三〇分はかかるのですが、私はこのお散歩中の景色を見るのがとっても好きなんです。今年の桜もとても綺麗でした。あ、ここにはタンポポが咲いていますよ。ちょうちょさんもひらひら飛んでいて綺麗ですねぇ。……ハッ。いけません。いつものくせでまたボンヤリ惚けてしまいました。過去に何回これで遅刻をしてしまったことか……。
私が歩くこの道は、過去私が通っていた高校の通学路でもあります。はい。私は高校を中退しました。でもこれは、私の精神的な弱さが原因です。クラスで一番イケメンだと言われていた男子生徒が、私のことを好きになってしまった(みたいです)ことが事の始まりだったのですが、クラスの女子からいじめを受けるようになってしまいました。学校に行っても机を隠され、時には花瓶に生けられた花を飾られ、下駄箱にゴミを詰め込まれ、ロッカーにはコンビニ弁当のゴミなどをひっくり返されてゴミだらけになっている日もありました。お母さんが作ってくれたお弁当が捨ててあったり、SNSではありもしない噂を拡散させられました。だんだん保健室登校になっていった私でしたが、ついに学校に行くのもとても苦痛になっていきました。お父さんお母さんはすごく心配してくれて、『学校を辞めたい』と泣きながら相談した私の気持ちを否定することなく受け入れてくれました。本当に私は親不孝ものです。
それから私は通信制の高校に通っています。ほとんど学校へ行く必要がないので、基本的にバイトをしながら卒業を目指して頑張っています。あの高校を辞めてから一年経ちましたが、私はたくさんの人に恵まれて、立ち直ることができました。親孝行のために始めた【frappé】では、優しい店長とスタッフの皆さんに恵まれて、失敗の多かった私を見捨てることなく今日まで育ててくれました。本当に感謝しています。お客様もとてもいい方が多く、こんな私に温かい声を掛けてくれます。時間は最大のお薬だといいますが本当にその通りで、当時私をいじめていた元クラスメイトもお店によく来てくれますが、きちんと謝罪をしてくれて、今では仲良く話しをしています。最初はドキドキしていたけど、たまにLINEでやりとりして遊びにいくこともあるくらいです。
私は【frappé】に出会ったことで、クヨクヨしてちゃいけない、こんなにみんなが温かく接してくれるのにへこんでちゃいけない、過去を振り返らずに前を向いて生きようと、少しだけ強くなれた気がするのです。
そんな中、私のことをとても良くしてくれる三人のお客様がいます。侑さん、光稀さん、そして透子さんの三人の先輩たちです。
皆様は、私が【frappé】に入ってすぐにお客様として通ってくれるようになりました。私に対してとても優しく話しかけてくれる光稀さん。おんなじ女の子の先輩として後輩の私にいろんなことを教えてくれる透子さん。そして……、すごく素敵な、あ、侑さん。
侑さんは第一印象からとてもクールな方だと思っていましたが、それは今でも変わっていません。背も高くて、バスケ部のエースで、そして何と言っても本当にお顔が美しいんです。きゃあ〜。こんなに素敵な人とお近付きになれただけでも私は幸せ者です。でも、侑さんは本当に人気のある方だと思いました。お店に来る高校生の女の子たちが口を揃えて『侑くんかっこいーよねー!』と言っているのをよく耳にします。私はその言葉を聞くたびにしょんぼりしちゃいます。だって……、競争率が激しすぎるじゃないですかああ。絶対勝てないですよおおぉ。しかも、そんなに人気のある侑さんがこんな私の事を相手してくれるはずがないんですもん。とほほ。
でも、あの時の侑さん――本当にかっこよかった。
私を引っ張って助けてくれた温かい手と、守ってくれた大きな体。
侑さんはとってもクールに見えますけど、実はとってもとっても温かくて優しい人なんです。絶対そうなんです。私はそんなあなたを――好きになったんです。
侑さん、どんな女の子がタイプなのかな。私、透子さんに鬼のような特訓を受けて、ある程度のメイクはできるようになったんです。髪だって自分でセットできるようになってきたんですよ。いつ侑さんが来てもいいように、いつでも、ほんの少しの時間でも、私のことを見てほしいから……、その、一日だって手を抜いたことはないんですからね。
あわわ、何考えてるんだろう私。
今日も【frappé】は通常営業! 明るく元気に頑張ります!
「もうこんな時間かぁ」
時計を見ると、もう一七時を回っていました。今日は平日に関わらず回転が早くて、時間が過ぎるのがあっという間でした。私の勤務が終わるまであと一時間もありません。
「えへへ……、今日もダメだったか」
今朝うまくお化粧ができたから、なんだかいい事ありそうって思ったけど今日もハズレの日だったみたい。しょうがないです。もう、この寂しさには慣れていますし。そんな都合よく三人で来てくれるわけないのです。シャイな侑さんは絶対にひとりでは来ないので、光稀さんか透子さんが引っ張ってきてくれないと来ないですしね。
よし、でもまだあと一時間。望みはあります! このテーブルを綺麗に片付けしたらもしかしたらとってもいいことが――
「あ、ひとりなんだけど、席空いてる?」
「いらっしゃいませ。おひとり様ですね。どうぞこちらに……」
私は目ん玉をひん剥いて声を上げました。
「ふにゃあああああああっ‼」
ゆ、夢でしょうか⁉
あああ、ま、幻なんかじゃないですよね⁉
だってそこには――私がずっと会いたかった侑さんが立っているのですからぁぁ!
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