14 あなたがいるから輝いている(act.泉)

「泉ちゃん?」


 ああああっ。侑さんっ⁉︎

 おひとり? どうして? やだ、すっごい嬉しい。

 私はトレイで顔を隠しながら侑さんを見つめました。ああっ、目が離せない。かっこよすぎるぅ。今日やっぱりいいことあったよぉ。神様〜ありがとうございます〜。


「あの〜……、泉ちゃん?」

「はっ。はい、ただいま! お、お席まで! お席はこ、こちらのっ!」


 私緊張しすぎて変な動きになってますー。ロボットがカクカク歩いているみたいですー。ハッ! しかも右手と右足同時に出てた! あああっ、私の馬鹿馬鹿〜!


「大丈夫?」

「だ、だいじょ……ふあああああっ‼︎」


 侑さんの顔が! 私の顔を覗き込んで! 息が! 当たる! 近い! うあああっ! し、心臓が止まるぅー!


「こ、こちらへ……どうぞ……」

「ありがとう」


 私は何とか自分を抑え込み、接客をしようと試みます。抑え込むのに、本当に必死です。

 私は制服姿の侑さんをお店のカウンターへ案内しました。キッチンやドリンクを作る目の前に座る事のできて、座り心地の良い椅子に、ひとつひとつの席を照らす照明が天井から垂れているおひとり様用の特等席です。


「い……、いつもの……にしますか?」


 私はカウンターの中でもじもじしながら侑さんに尋ねました。侑さんがいつも頼むもの――〈いちごシェイク〉か〈ふわふわ苺ラテ〉、あとは〈いちごたっぷりフレンチトースト〉などなど。ともかく大のいちご好きの侑さんは、いちごのメニューに目がないです。その中でも割と〈いちごシェイク〉を頼んでくれるイメージがあります。


「いや。今日は――レモンティーにしようかな」


 レモンティー? うちのレモンティーは大変人気ですけど、いつもレモンティーを頼むのは透子さんのイメージがあります。侑さん、いったいどうしちゃったんでしょうか。

 私はオーダー票に〝レモンティー〟と書いて、キッチンへ持って行きました。キッチンを隠すカーテンからチラリと侑さんを見てみるのですが、何て言えばいいんだろう……。元気がないように見えます。


「お待たせしました」

「ありがと」


 私はレモンティーを侑さんの目の前まで運びます。カウンター越しに、カップやお湯と茶っ葉の入った透明なポットを並べます。その間にチラッとまた顔色を伺いましたが……、やっぱりいつものクールさとは違う雰囲気を感じます。今日侑さんに会えてとってもとっても嬉しいんですけど、今日の侑さんはとってもとっても心配です。しかも、いつもは絶対に三人で来るのに今日はおひとりだなんて――


「いえ。今日は来てくれてありがとうございます。私はもうすぐ上がりなんですけど、ゆっくりして行ってくださいね」

「え、泉ちゃん上がり?」


 私なんかが侑さんのひとりの時間を邪魔してはいけないと、そっと声を掛けたつもりでしたが、侑さんはまるで飼い猫のようにこっちを見ています。あうっ、そ、そんなに見ないでくださぁい。


「もし時間大丈夫ならさ、これレモンティー、一緒に飲まない? ひとりだと、飲み切れないかも」

「へっ⁉︎」

「あ、忙しいなら無理しなくていいよ」

「あっ、違うんです! あの、そのっ!」


 まさか侑さんからお茶に誘ってもらえるなんて……。泉、感激です。


「う、嬉しいです。こんな私でよければ……喜んで……」

「よかった。じゃあ、待ってる」


 侑さん、ダメです。そんな笑顔見せちゃあ。

 私――もっともっとあなたのこと、好きになってしまいます。


 私はバイトが終わるまでのちょっとの時間、全く集中できませんでした。オーダーを違うテーブルに持って行っちゃったりと久しぶりにイージーミスをやらかしちゃっいました……。うう、侑さんが来ているのに、こんな姿を見せちゃうだなんて。もう本当私、好きな人の前だと全然ダメだなぁ。




「…………っ」


 バイトを終えた私は、更衣室で着替えを済ませて侑さんの近くでもじもじしています。ブラウスもっと可愛いのあったのに何でこれにしちゃったんだろう。スカートももっと良い色あったのに……っ。ああっ、靴だって。


「ど、どうしたの、泉ちゃん」

「いっ、いえ!」

「良かったらお隣どうぞ」

「ああああっ、はいいっ!」


 侑さんの隣にちょこんと座る私。あー、侑さんの隣に並ぶ日が来るなんて。私は何という幸せ者でしょうか。恥ずかしすぎて顔が見れない。心臓がトクトク鳴っています。

 私が持って来た小さなカップに、侑さんがレモンティーを注いでくれています。何だか慣れてないというか、ぎこちないというか。いつも完璧で、みんなからモテモテの侑さんのそんな姿が見れるなんて。


「はい。淹れ方とかある? こんなんでよかった?」

「ありがとうございますっ。いただきます」


 んー。やっぱりここfrappéのレモンティーは本当においしいです。


「レモンティー、初めて飲んだけどおいしいね」

「ほ、本当ですか? うちのレモンティーは、お店の看板メニューのようなものですからね。本当に人気なんですよ」


〈シ~ン〉


 ハッ! む、無言の時間っ!

 ああ〜、話を止めてしまいました〜。何か侑さんでも分かるようなお話にしなくちゃ。

 ハッ! あ、侑さんって何が好きなんだろう〜。大のいちご好きということしか知らないですぅ。あわあわ。


「泉ちゃんって、通信行ってるんだったよね? そっちの方はどう?」

「あっ、あの、はい通っています。学校に行くことはほとんどないんですけど、今のところテストも順調で」


 侑さんはこんな私に話題を振ってくれました。優しいです、侑さんは。ただ――やっぱり元気がないのは、気になります。


「侑さん……、その……」

「ん?」


「今日は、どうしてレモンティーなんですか?」

「うーん……何て言えばいいかな。甘いのに、ちょっと飽きちゃってさ」


「えっ、飽きちゃったんですか?」

「嘘。飽きてはないんだけど、ちょっと今酸っぱい気持ちだから。レモンで更に上乗せしてやろうって思って。半分やけくそ」


「も、もっと酸っぱい気持ちになろうって思ったんですか?」

「そう」


 どういうことなんでしょうか。酸っぱい気持ち? たしかにレモンはいちごよりも酸っぱいですが。


「泉ちゃんはさ、誰か尊敬する人とか目標としてる人いる?」

「えと、そうですね。お父さんとお母さんでしょうか。私迷惑ばかり掛けてきたのに、何も言わずに支えてくれる……。私も、そんな大人になりたいと心から思っています」


「そっか。泉ちゃんらしい」

「あ、ありがとうございます」


 侑さんに褒めてもらえた。すごく嬉しい。

 私は緊張を誤魔化すために、カップに口をつけました。


「ち、ちなみに――」

「ん?」


「ちなみに侑さんは、いるんですか? その……、尊敬する人とか」

「俺? いるよ――」


 私は、その時の頭さんの表情から目が離せませんでした。


「――光稀」


 やんわりとした笑顔から溢れる光稀さんの名を呼ぶ侑さん。でも、どこか寂しげのあるその瞳。私はそんな侑さんから、どことなく艶っぽい雰囲気を感じてしまい、高鳴る心臓をグッと片手で握り締めました。


「あいつはさ、俺なんかより良いところすっげーいっぱい持ってんの。俺の周りで光稀を嫌う奴なんかいないんだよね。泉ちゃんも知ってると思うんだけどさ、光稀って、眩しい奴なんだよ。俺なんかより何倍も輝いて見える」


 侑さん。光稀さんのこと、すごく自慢なんだ。


「友達思いでまっすぐっつーか。昔から曲がったことは嫌いなんだよな。あいつはさ、どんな人にも『ありがとう』と『ごめん』がホント綺麗に言えるんだよね」


 光稀さんを思う気持ちが、私にもちゃんと伝わる。


 光稀さんと一緒にいられて、とても幸せなんですね。


 でも――でも、ごめんなさい。私今から、とても図々しいこと言います。


「侑さん……。たしかに光稀さんは、すごく素敵な方だと思います」

「泉ちゃん?」


「でも、光稀さんには光稀さんのいいところが……、侑さんには侑さんのいいところがあります。私はずっと仲良くしているお二人がすごく羨ましく思う時もあるくらい、本当にいい関係だと思うんです」

「…………」


「光稀さんと自分を比べて落ち込まないでください。光稀さんの足りないところを侑さんが補って、侑さんの足りないところを光稀さんが補って――そうやってお互いの足りないところを補いながら、バランスの良い素敵な関係を保っているのは、光稀さんと侑さんだからこそなんだと私は思います。光稀さんが輝いているのは、侑さんが傍にいるからではないでしょうか」

「……そっか」


 …………ハッ! し、しまった! 調子に乗って言いすぎてしまいました! ああ〜終わった〜。でも一緒に並んでレモンティー飲めたし……我が人生悔いなし――


「そっか。ありがと、泉ちゃん」

「あっ、い、いえ。すみません。私ってば、すごく失礼なことを」


「ううん。ちょっと元気になった」

「よ、よかったです」


 そう言って頂けて、安心しました。嫌われる覚悟は出来ていたからホッとしました。あ、元気になった、ってことはやっぱり元気なかったんですね。


「泉ちゃん、あのさ――」

「?」


「LINE、交換しない?」

「へっ――」


 か、神様⁉︎


 今日は何という日でしょうか‼︎


 私、幸せすぎて息が止まりそうですっ‼︎

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