11 二回目の涙(act.透子)

『高校入学おめでとう~!』


 パーンとクラッカーの弾ける音が響く。今日はみっくんの家で、あたしとあっくんの三人で入学お祝いパーティーを開いた。パーティーと言っても、お菓子とジュースが並べられたお菓子パーティーの延長のようなもの。まぁ高校生だったらこんなもんで十分でしょ。

 高校に入学して一週間が経った。最初はみんなバタバタしていたから、パーティーは入学後に決行した。それにしても高校デビューとなると、みんなちょっと大人になったように見える。みっくんは髪を少し明るめに染めているし、あっくんは更にクールになった。あたしはより一層お洒落に目覚め、メイクやヘアセットに手を抜かない。まぁあたしの身長は一ミリも伸びていないけどね。


 心配だったみっくんのメンタルは、大きく崩すことなく受験も一緒に乗り越えた。実はあの後、みっくんに告白しようとネットで女の子らしい告白の言葉を検索して、メモアプリで告白の文章まで考えてたんだけど、やめた。お父さんが亡くなったのを理由に付き合おうとしているような気がしたから。そうじゃない。ちゃんとそのタイミングがやってきた時に、自分の気持ちをストレートに、私なりに言わなきゃなぁと思った。まったくみっくんてば、あたしにここまで想わせるなんて。本当にしょうがない男だわ。


 あたしは自分の部屋のベッドでゴロゴロしながら撮影した写真を眺める。風景写真の中に紛れて現れるみっくんの写真。これはあたしの宝物。あたしが一日一日を頑張れる源となるもの。この綺麗な笑顔を、ずっと近くで見ていられる存在になりたいな。


 高校生になると、あたしは写真同好会を立ち上げた。こうするとちゃんと写真の勉強ができる時間が増えるし、人も増えればいい刺激にだってなる。あっくんはバスケ部に入った。みっくんは帰宅部。帰宅部といってもみっくんは学校に届けを出してバイトをしている。みっくんのことだから、きっと亡くなったお父さんの分まで家を支えようとか思ってのことなんだろうけど、絶対に周りに弱みなんて見せないみっくんのことがあたしはとても心配。


 部活の時間があるから、放課後にみっくんと過ごす時間は減った。代わりにあっくんの時間が増えて、いろんなことを相談するようになっていった。ちょっと恥ずかしかったけど、みっくんのことも相談した。狙ったかのようにわざとカメラの内臓データのを見せて、みっくんの写真が多いから察してもらおうと図らった。頭の中ではこの後に『実はあたしみっくんのことが好きでさー。あはは!』なんて軽くいこうとシュミレーションしていたのに、実際その時となると、めちゃくちゃ頭の中で練習したシュミレーションは全部ふっとんだ。こうやって人に好きな人のことを相談するのって、こんなに緊張するんだ。あっくんは少し驚いた表情をしていたけど、『応援するからな』って言ってくれた。本当にあっくんは信頼できるいい友達。


 高校三年生になると、あたしたち三人は同じクラスになった。もう本っ当に嬉しかった。高校生活最後の一年をこの三人で、しかもみっくんと一緒に過ごせるなんて。

 あたしはこれまでみっくんへの告白のタイミングは十分すぎるほどあった……。でも、いざ本人と二人っきりになると頭が真っ白になる。おかげで全然関係ない話をしちゃったり、ガラでもないこと言ってみっくんからは『変な奴』と言われてしまう。あっくんにも『ドンマイ』と情けの声を掛けられる始末。


 そんなある日、あっくんに相模まつりの役員を手伝ってほしいと提案された。あたしは正直面倒だったし、写真撮りにお出掛けしたかったからやんわりと断った。でもあっくんってば後日みっくんを食べ物でうまく釣って、見事役員手伝いの承諾をもらっていた。


『だとよ透子。お前はどうする?』


 あっくんてばわざと?


『んんんー。仕方ないなー、じゃあ透子ちゃんも手伝ってあげるよ』


 あたしは頬を赤く染め、ぷーっと方頬を膨らませてそう答えた。






 ここ最近、みっくんの様子がおかしい。何か考え事をしているのかボーっとしている姿もよく見かける。朝来た時なんて魂が抜けた時もあって、すっごく焦って掴んで体の中に戻したけど。あたしだけじゃなくて、あっくんも同じことを思っていた。


『光稀最近どうしたんだろうな』

『うん~……、明らか様子変だよね』


 それはあっくんと二人で帰っている時、そんな話をした。


『心配か?』

『あ、当たり前でしょー』


 あっくんに見透かされたように心境を言われ、思わず動揺して声を上げる。


『透子、本当に光稀のこと好きだもんな。そりゃ心配だよな?』

『あっくん?』


 何だかあっくんが寂しそうな表情で空を見たのが分かった。下から見上げる格好だから、表情全部が見えているわけじゃないけど、あたしだってあっくんのこと、いろいろと分かっているつもりだよ。


『もしさ』

『ん?』


『もし俺が――今の光稀と同じようなことになっても、透子は俺を心配してくれる?』


 前言撤回。

 あたしは何をもってこんなことをあっくんが訊いてきたのか、ちょっと分からなかった。


『当たり前じゃん。心配するに決まってるよ。親友でしょ?』


 そんなの当たり前のことなのに、あっくんどうしたんだろう。

 でもあたしの言葉を聴いたあっくんは、寂しそうな表情のままニコッと笑い『ありがとな』と言った。




 そんな話をした数日後、あたしは耳を疑う言葉をみっくんから聞いた。


『俺さ……、その、す、好きな人、できてさ……』


 衝撃すぎた。

 体が動かないし、言葉も出ない。

 すごく幸せそうな顔をして話すみっくん。


『……そっか。それで光稀、その人にチラシ、渡したのか?』


 そんなあたしの状態に気付いたのか、代わりに口を開いてくれたのはあっくんだった。


 でもいやだ。

 これ以上、何も聞きたくない。

 お願いみっくん、もう何も言わないで――


『う、うん。そうなんだ。昨日渡してきた』


 頭の中で〝ガシャアァン〟と何かが割れる音が聞こえる。

 嫌だ。嫌だよ、みっくん。

 どうしよう。どうしよう。すっごく泣きそう。やばい、涙がこぼれる――




「ワリィ、光稀。その話は後でな」

「侑?」


 あたしの目は暖かく大きな何かで覆われた。

 あっくんの声だけが耳に入る。


 あたしの視界は覆われたまま、引っぱられるように教室を出たのが分かった。


 視界が開かれたのは、もうほとんど使われていない一番端っこの教室。


「透子」

「あ……、あ、あ、あっくうううん」


 あたしはあっくんの顔を見て、一瞬止まっていた涙腺が再び大崩壊した。あっくんの胸に飛び込んで、声を出して泣いた。こんな風にあっくんの前で泣いたのは二回で、二回ともみっくんのこと。あっくんはそんなあたしのことを、何も言わずにぎゅうっと抱き締めてくれて頭を撫でてくれた。


 どうして、みっくん?


 どうして――あたしじゃないの?


 つらいよ。しんどいよ。

 みっくん、こっちを向いてよ。

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