10 みっくん、キレー(act.透子)
ちょっと待ってよ、みっくん?
好きな人、いたの?
すっごい顔真っ赤だよ。
そんな幸せそうな顔してるみっくん、初めて見たよ。
ねぇ、みっくん?
知ってた?
あたしずっと前から――ずっとずっと、みっくんのこと、好きだったんだよ?
あたしは
東京都で生まれ、育ってきた女の子。お父さん、お母さん、お姉ちゃんに妹。あたしは三人姉妹の真ん中。身長が小学生の頃から止まっているので、かなり小さい。三人姉妹で歩いてもあたしが一番末っ子扱いされてしまう。
あたしのこの低身長は、小学校ではそんなに目立つものではなかったが、成長期を迎えた中学生では一際目立つ存在となった。お父さんの転勤でやってきたこの相模原市の中学校に入ってから、クラスの男子に『ちび』だの『微生物』だの言われからかわれた。何も言い返せなかった自分が悔しくてこっそり泣いていたこともあった。
そんな時いつものように男子に意地悪されている時、『そんなこと言うなよ』とあたしの前に立ち塞がってくれたのが同じクラスのみっくんだった。その時のみっくんは、すっごくかっこよくて、何だか王子様みたいに見えた。
それから、みっくんはあたしに毎日声を掛けてくれるようになった。『光稀っていうんだ』と名前も教えてくれて、あたしはすぐに『みっくん』と呼び始めた。
みっくんはすごく人気者の男の子だった。あたしに対する男子の態度も、みっくんが間に入ると『光稀がそう言うなら』とピタッと止まった。常に休み時間にはみっくんの周りに人が集まる。そんな周りにみっくんはキラキラした笑顔を振りまいて、かっこいいなぁと思っていた。
みっくんにはとても仲の良い親友、あっくんがいた。最初一緒に帰った時は『ちょっとクールでツンツンしてて話が盛り上がらなさそうなノッポくんだなぁ』とか思っていたけど、意外とそんなことはなくて、結構ノリのいい面白い男の子だった。ただそういったことを表に出すのが苦手な不器用な子だから、損しちゃってるのかもなぁと思ってた。
中学二年生になって、あたしは親からスマホを買ってもらった。お父さんとお母さんが『あたしたちの時代はガラケーだったのにね』と言っていたけど、ガラケーって何?
スマホって本当にすごい。この小さな一台で何でもできる。美容関係とかファッションに関する情報を、アプリで簡単に得ることができる。あたしは夜遅くまでスマホをいじっていたので、よくお父さんお母さんに注意されていた。
あたしが買ってもらったスマホは、他の機種と比べて比較的画質が良い方だったから、写メがとても綺麗に撮影できる機種だった。いいなぁと思った瞬間、カメラを起動して、ボタンを押せば、その瞬間を写真として残すことが出来る。それって今や当たり前のことかもしれないけど、とてもすごいことだと思う。本当に感動した。
『みっくん、こっち向いて向いてー』
『や、やだよ、やめろよ!』
ある日あたしは、『写真映りが悪いから嫌だ』と嫌がるみっくんの腕を掴んで無理やり写メを撮ろうと試みる。みっくんすっごく真剣に嫌がってる。でもあたしは容赦なくみっくんの写メを撮った。
『ああ~、トーコ撮りやがったなぁー! 消せよー!』
『えへへー。どれどれ~。みっくんのブス顔を拝んでやろうじゃ――』
あたしは目を見開いて画面を食い入るように見つめた。
そこには、顔を隠そうと必死なみっくんが映っていた。男の子だけど、嫌がっているはずの表情だけど、あたしはみっくんの素の顔からとても色気を感じた。これは女の子? いや、違う。これはみっくんだ。本当にすっごく、綺麗だった。
それからあたしはスマホでコソコソみっくんの隠し撮りをした。みっくんはひとりで映るのはとても嫌がったけど、誰かと映るのは良しとする子だった。あっくんと笑い合うみっくん、猫や犬に話しかけるみっくん、先生に必死に言い訳しているみっくん……。自然なみっくんの写メは、とても眩しい宝石のように綺麗だった。
あたしはそんなみっくんの写真をもっと撮りたいと思い、お父さんお母さんに頭を下げてデジカメを買ってもらった。最近のデジカメは、スマホの画質とは比べものにならないほど、繊細な写真を撮ることができた。
あたしはこれを学校に持って行き、まずはみっくんの写真を撮った。人物写真は背景をぼかすと魅力的な写真を撮ることができる。もちろんその背景に何をもってくるかも大事。ごちゃごちゃしている場所なんかで撮影するよりは、きちんとテーマを決めて撮影するとよりいい
そんなことを意識して撮影したのは、あっくんと一緒にじゃれあっているみっくんだけにフォーカスをあてた写真。――あたしは言葉を失った。隠し撮りしたのはすぐにバレたけど、あたしはその写真にぎゅうっと胸が締め付けられた。
「みっくん、キレー……」
あたしは止まらない熱を抑えるのに必死だった。デジカメを持つ手が震えてしまい、画面ががたがた揺れた。空いた方の手で目から下を覆い、みっともなく開いた口を隠す。どうして、こんなに心臓が激しく動いているの? 中学校から一緒の学校、一緒のクラスになった以外に特に共通点のないあたしたち。そんなあたしがどうして越前 光稀という男の子の写真を見てこんなに胸が痛くなるんだろう。どうしよう。すごくドキドキする。
あたし、まさか――みっくんのこと、好きになってるの?
あたしがみっくんに恋をしたことを自覚するのに、そんなに時間はかからなかった。みっくんはよくあたしやあっくんの飲みかけのジュースを『一口くれよ!』と奪って飲む。『やぁよー!』と言いながら内心すっごく嬉しかった。あたしが口をつけたストローにみっくんの唇が振れる。心臓が破裂しそうだった。
みんなに人気者のみっくんの周りには、男子だけじゃなくて女子もいた。そんな女子たちにもみっくんは笑顔で笑いかける。あ。なんかこの辺がチクチクする。これは――嫉妬だ。
みっくんの体に女子が触れる。
あの子、みっくんと距離が近いんじゃない?
やめてよ。あたしの方がみっくんと仲良いんだから。
あたしの中の醜い感情。苦しい。あたし、こんな性格の悪い女だったっけ?
つらい。泣きそう。どうしたらいいの?
みっくん――あたし、あんたのことこんなに好きになっちゃったよ。
そしてある日、みっくんは学校を休んだ。みっくんとあっくんとあたしは、LINEのグループを組んでいて、何かあればすぐに連絡を取り合うようになっている。けど、この日は何の連絡もなしにみっくんは学校を休んだ。もちろんあたしは心配をした。
あたしだけじゃない。あっくんも、クラスメイトもみんな。
そしてホームルームが始まる前に担任の先生から告げられた言葉に、みんな愕然とした。
『越前くんのお父さんが、事故で亡くなりました』
あたしは胸の痛みを必死に抑え込んだ。こんな時、どうすればいいのか全く分からなかったから。あたしはすぐにあっくんにLINEを入れて、今日の放課後みっくんの家にご挨拶に行った。
何度か来たことのあるみっくんの家は、家の前に立つだけで悲しいオーラに包まれているのがひしひしと伝わった。たかが中学生の知識だから、こんなタイミングで家に来ていいものかも分からず、家の前でインターホンを押すのも迷うほどにあっくんと一緒に立ち尽くしていた。
その時、みっくんからLINEが入った。『来てくれたんだ。ありがとう。下に降りるから待ってて』と来た。あっくんと二階の窓を見上げると、みっくんがひらひらと手を振っている。少し待った後出てきたみっくんは、何だか生気のないようにやつれているようにも見えた。
『ごめん二人とも。来てくれてありがとう』
『みっくん……』
『光稀……、お父さん亡くなったって……本当か?』
みっくんは『そうなんだよね』と笑っていた。でもこれは本気の笑顔ではないことくらい、あたしにはすぐ分かった。だって、みっくんはもっと眩しい笑顔を見せてくれるってこと、あたしはよく知っているから。
五分くらいの会話で、あたしたちはみっくんの家を後にした。
あっくんと歩く無言の帰り道。
『透子……』
あたしを気遣い、声を掛けてくれるあっくん。
でもあたしはもう、我慢できなかった。
ずっと堪えていたものが爆発して、あっくんの腕にしがみついて泣いた。
だって、あんなにあたしのことを守って助けてくれたみっくんがつらい思いをしているのに、あたしは何もできなかった。してもらってばっかりで、いざというとき、なんにもしてあげられない。
『あああぁぁーん……っ、みっく……、ごめん、ねぇ』
本当はつらいくせに。しんどいくせに。
お父さんのこと、大好きだったくせに。
こんな時にも、笑顔で接して。
『あた、し……、ほんと、情け、な……っ。えっえっ……。うあああぁぁーん』
気を遣わせてごめん。
こんな時にまで、優しくさせてごめん。
頼りなくて、ごめん。
そばにいるから。あたしがみっくんを支えるから。
これはまだ幼いあたしの、大きな決意――
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