07 俺にないもの(act.侑)

 そして俺たちは、高校生になった。


 中学二年生の頃に光稀のお父さんが事故で亡くなって、光稀は俺たちに心配を掛けさせないようにかなり無理をしていた時期もあったけど、何とか受験も成功して三人とも同じ高校へ通うことになった。


 高校一年生の時は同学年八クラスもあるため、さすがに三人はバラバラになった。この高校のバスケ部は割と大会でいいところまで進む強豪チームなので、俺はバスケ部に入ることは決めていた。透子は写真同好会を立ち上げたらしい。消極的な俺とは違い、あいつの行動力は本当に見習うことが多い。光稀は『俺は何の取り柄もないし〜』と言って何の部活に入らないようだが、あいつん家のお父さんが亡くなってから、光稀がお父さんの代わりになろうと影ながら頑張っていることを俺は知っている。部活していたら、そんな時間なくなるもんな。この高校は届けを出せばバイトオッケーだから、俺らに気を遣わせないように、こそこそ求人雑誌をカバンに詰めているところも何度も見ている。あいつは必死に隠しているようだけど、何年一緒にいると思っているんだ。そういうところは、本当に鈍い。


 俺はバスケ部。透子は写真同好会。光稀はバイトと、三人の時間は中学生の頃と比べて結構減ってしまった。


 ただ俺は部活の終了時間が透子と一緒のため、一緒に帰れることが多かった。

 高校生になった透子の身長は一ミリも伸びていないが、少し垢抜けたように見える。髪を染め、スカートを短くし、制服は少し着崩して着ている。メイクも少し大人っぽくなったし、更に伸びた髪でセットの幅も広がっている。そんな中でも昔と変わらないのは、常に持ち歩いているあの頃のデジカメ。


 正門で透子を待っていると、名前も分からない女の子たちが近付いてくる。


『あ、あの……中城、侑くん、ですよね?』

『そうだけど、君たちは?』

『私隣のクラスなんですけど、中城くんとお友達になりたくてッ』

『良かったらLINE交換しませんか?』


 ああ、またか……。どうしよう。断りたいけど、断るのは本当に苦手だ。俺はマメじゃないからたくさん連絡したりSNSに呟いたりするのはどうしてもうまくできない。どうやって断ろう。でも何て言えばいいんだろう。


『え、と――』

『あんたたち、やめといた方がいーよ』


 俺の言葉に覆い被さってきたのは、透子の声だった。


『え、ちょ、なんなのアンタ』

『あっくんはね、ぜーんぜんLINEなんて返してくれないし、既読スルーの神と呼ばれているほど反応ないんだから』

『はぁ? いきなり何よ!』

『行こ、あっくん』

『え、おい、透子』


 透子は俺の腕を引っ張り歩き出す。『なにあいつー!』と言う女子生徒の声が後ろから聞こえる中、俺は透子に掴まれている腕に意識が集中してしまい、女の子みたいにドキドキしながら透子に引っ張られて歩いた。


『その、悪かった。ありがとう。でも大丈夫か? あんなこと言って』

『いいのよ。後で何か言われても別に怖くないわ。それに、あっくんすごく困っていたからね。今度からは自分で断れるようになりなさいよ』


 あんまり感情を出したり、思っていることが顔に出にくい俺だけど――透子は、いつの間にこんなに俺のことを分かってくれるようになっていたんだろうか。


『でも俺ちゃんとLINEは――』


 LINEは、返してる。

 透子限定、だけど。あ、光稀にも。


『あの場ではあぁ言ったけど、ちゃんと分かってるよ。すぐに返してくれてるもんね』


 にかっと笑う透子は、本当にひまわりのように大きくて、素敵で、可愛い笑顔。


 やっぱり俺は、透子には敵わない。


 俺は透子のこと、すごく好きだ。




『あれ、ここカフェできるんだね』

『本当だな』

『へー、来週オープンだって! 今度みっくんも呼んで三人で来ようよ!』

『そうだな。光稀も呼んで、三人で来ようか』


 三年近く透子に惹かれているけれど、未だに一度も思いを告げたことはない。

 それは自分に自信がなく振られてしまうのではないかという怖さもあるけど、今の関係が壊れてしまうんじゃないかということが一番怖い。でも透子のことだから、俺が『好きだ』と伝えて振られたところで、今まで通り接してくれるとは思っている。俺は実際、それを言い訳に告白もできずにいるただの小心者でずるい男だ。


 でもその時が来たら、ちゃんと伝えよう。

 タイミングと勢い。これがバッチリ合う時が来れば、俺は正直にこの気持ちを透子に伝えようと思う。光稀だって、透子にバレないように応援してくれている。

 万が一その時振られたとしても――って、俺さっきから振られた時のことばっかり考えてるな。自分の自信の無さと不安の大きさに笑えてくる。


『ねぇねぇ、あっくん』

『何、透子?』


 あ、何だか懐かしい言い方だな。

 中学生の時はよくそうやって俺を呼んでたっけ。


『見て見て。写真、結構溜まったよ』

『すげーじゃん。容量大丈夫?』


 透子はデジカメの写真を再生して見せてくれる。透子の肩が俺の腕にぶつかり、ドキッとした。小さな画面を見るので、それなりに密着した物理的距離となる。透子の髪、すげーいい匂い。


 透子の写真は風景写真が多い。花、木、空や雲、そして犬や猫。その中でちょこちょこ飛び出してくる俺らの写真。うわー、この光稀すげーブス顔。思わず『ブッ』と吹き出して笑う。あ、この透子めちゃくちゃ可愛い。もっと見ていたい。また光稀だ。こいつ元はいいくせに、カメラ目線となるとほんっと写真映り悪りぃよな。あれ、また光稀か。しかもこれカメラ目線じゃなくて自然な笑顔。本当いい顔で笑うなー。ほんで次が……隠し撮りされてるのが光稀にバレて『こらー!』って言ってそうな光稀の写真……。

 手を止めることなくページを捲っていく透子。内蔵された写真のデータの素敵な風景写真の間に、入り込んでいる光稀の写真。俺はふと気になって、透子の方を見る。


 透子は――耳まで真っ赤にしていた。

 この恥ずかしそうにしている表情を、俺は知っている。


『ねぇねぇ……、あっくん』

『……何、透子?』


『相談が、あるの……』

『……相談って?』


『あのね……、あたしね』

『……うん』


『す、好きな人が……いるの』

『…………』


 透子の握られているデジカメの再生画面には、最高の笑顔を見せる俺の親友、光稀の写真が表示されている。






『あたし――みっくんのこと好きなの』



 ああ光稀は本当に、俺にないものをたくさん持っている。

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