06 好きな人できた、かも(act.侑)
光稀と出会ったのは、小学校に入ってからだった。慣れないランドセルを背負い、上級生と一緒に列を成し学校へ登校する。
初めての教室。それはもう最初は結構緊張した。幼稚園とはまた違うメンバーで、みんな早速ワーワー騒いで友達を作っていく。その頃から人見知りだった俺は、なかなかその輪の中に積極的に入ることができずにいた。そんな時に俺に話しかけて来てくれたのが、隣の席に座っていた光稀だった。
『おれ、越前 光稀っていうんだ。よろしく。なまえ、教えてよ?』
『な、中城……侑……』
ちょこんと生えている八重歯が特徴的で、子犬みたいに懐いてくる光稀。どよんとしていた俺を照らしてくれた太陽のような存在。俺はすげー嬉しかった。
光稀といるのがすごく居心地が良く感じて、それから一緒に過ごす時間が増えていった。
光稀はすごくいいやつだ。いじめとか絶対にしないし、そんなの見かけたら『やめろよ!』と止めに行くタイプ。誰かの悪口も言わないし、愚痴も言わない。いつもいつも『侑すげーな!』『侑かっこいいな!』と俺のことを褒めてくれる。まっすぐで素直な光稀。そんな性格もあってか、光稀は本当に人気者だった。
それは中学校に上がってからも変わらなかった。違うクラスのやつらも、みんな光稀の名前を呼び、光稀の元へ集まっていく。本当にすごいやつだ。俺にないものをたくさん持っている。
中学に入って割とすぐの頃、俺は放課後いつものように光稀と帰ろうと光稀のクラスへと向かう。
ドアを開けると、光稀は女の子と一緒に何とも楽しそうに喋っていた。
『あ、侑。ちょうどいいところに来た。紹介するよ、この子は――』
『――透子。沢渡 透子。よろしく』
それが俺と透子の最初の出会い。当時の俺の透子に対する第一印象は、『小せぇなぁ』だった。
その日、俺たちは三人で下校した。偶然か、俺たちはほとんど帰る道が一緒。
コンビニに寄ってジュースを買う。三人とも違うジュースを買った。光稀はコーラ。透子はココア、そして俺は――いちごサイダー。いちごは神だ。光稀は『一口くれよ』と言いながら、俺や透子のジュースを奪い取る。俺だけならまだしも、女の子である透子のまで奪い取るとは……。間接キスとか、お子ちゃまの光稀はまだよく分かっていないのだろうか。
そして話に盛り上がってきた頃、というかほとんど光稀が喋った後、『また明日な!』と言って光稀が抜ける。『ほい、また』『みっくんまたね!』と手を振る俺たち。
俺はいつもの帰り道を歩く。が、透子もついてくる。
『なんでついてきてるんだ?』と思わず訊いた。
『う、うるさいわね。あたしもこっちなのよ!』とキーッとしながら俺に吠える強気な透子。
二人で歩く無言の帰り道。まぁ今日出会ったばかりだから仕方のないことではあると思うが。
しかし透子は小さい。成長期に入った俺が順調に身長が伸びているせいもあるかもしれないが、制服でなければまるで兄と妹。いや、父と娘。見下ろさなきゃいけないから、首が凝りそうだ。
『ねぇ』
『ん、なんだ?』
透子の声が下から聞こえる。
『あ、あたし、中学からこっちに引っ越してきて……、その、と、友達とかいないのよ。だから……』
俯きながら必死に喋る透子。
そっか、こいつ引っ越してきたのか。友達がいないのってすげーさみしいよな。ほんでそんな中話しかけてきたのが、光稀だったってやつか。あいつ、本当に優しいからな。
俺は一生懸命喋る透子に視線を合わせるため、腰を曲げ顔を覗き込んだ。
――あれ?
カァーッと顔を赤らめる透子がいる。眉は釣り上がってるけど、目は垂れてぷるぷる震えるこの表情。透子はツンケンした強気な女の子と思っていただけに、その顔は俺にとってすごく衝撃的だった。
――こいつ、こんな顔するんだ。
俺の心臓がドクンと高鳴った瞬間だった。
『仕方ねぇな。友達になってやるよ』
『し、仕方な……っ! 何よ、その上から目線はぁ!』
この日から俺は、透子のことをもっと知りたいと思うようになった。
『ねぇねぇ、あっくん』
透子はすぐに俺のこともあだ名で呼んでくるようになった。
『あっくん、また女子に呼び出されてたでしょ』
『なんで知ってるんだよ』
『だって見たんだもん』
〝見た〟。その言葉は、正直ちょっと嬉しかった。
でも俺は自分の気持ちを素直に表に出せるほど器用ではない。嬉しいくせに顔にも出ないし、言葉にすることも苦手だ。
俺はバスケ部に入っていたから毎日ではなかったけど、帰り道がほとんど一緒の俺たちは光稀と別れた後も二人でどこか寄り道することが増えた。
透子は女の子のくせに甘いものはちょっと苦手。雑誌を読み漁り、いろんな髪のセットやメイクに挑戦しては(『可愛いよ』という)感想を求めてくる。バラエティ番組が好きで、昨晩のテレビでやっていた芸人のネタを真似したり、俺の性格上出来るわけないのに『一緒にやれ』と強要してくる。そして、ツンツンしているけど、実は寂しがりやの甘えん坊。
一緒に過ごす時間が増えるほど、透子のことを知ることができて、だんだん扱い方も分かってきた。俺の頭の中の透子ボックスには、溢れんばかりの透子に関する情報が積み込まれていった。
そのボックスがいっぱいになればなるほど、俺は透子に惹かれているんだなぁと、自覚していった。
『なぁ、光稀』
『どーした、侑』
『俺、好きな人できた、かも』
学校が休みの日、俺の家に遊びに来ていた光稀に、俺は自分の気持ちを話した。俺らは小学校からの幼馴染なので、暗黙の了解で隠し事ややましい事は一切していない。俺の大事な親友でもある光稀に、俺の気持ちを知ってほしいと思っていたから、勇気を出して言った。
『えっ、まじで⁉︎ 誰誰⁉︎』
『……と、透子』
真っ赤な顔を腕で隠しながら必死に名前を言う俺と、『ええええー⁉︎』と盛大なリアクションを見せてくれる光稀。
『まじかよ! トーコかよ! うわー、どーしよう、俺! え、どーすればいい⁉︎』
『いやいや、何もしなくていいよ。仲が
『そ、そうだな。悪い、めちゃくちゃビックリしちゃって。でも全然分かんなかったなー。好きって気持ち、よく隠せるな』
『隠せるっていうか、そういうの表に出すの下手っていうか』
『でも言ってくれて嬉しい。俺、応援するからさ!』
『ありがと、光稀』
光稀は本当にいいやつだ。打ち明けて良かった。特に何かしてほしいっていうわけじゃなくて、俺の気持ちを知っている光稀がいてくれるだけで、すごく心強い。
俺は、こいつと友達で良かったと心底思う瞬間だった。
『ねぇねぇ、あっくん』
『どーした?』
俺はいちごミルクを飲みながら返事をする。
『あたし、写真の勉強しようと思う』
『ん?』
顔を赤らめた透子が突然『写真の勉強をする』と言い出した。好きなことを学ぶのはとてもいいことだ。
しかし何でだろう。透子の顔は、赤く染まっている。見ている分には可愛らしい光景だが、写真の話をする時になぜ赤くなるのか……。俺は頭の中の透子ボックスの中を探っても、その理由は俺にはさっぱり分からなかった。
その宣言をした数日後、透子は両親に
『トーコ、俺らも撮ってよ!』
『あ、ちょと光稀っ』
三人で公園に立ち寄りベンチに座っていた時、光稀に腕を引っ張られる。光稀はカメラに向かって全力の笑顔でピースをする。俺は『まったく』と言いながらも、そんな嫌な気はしていなくて視線を透子のカメラに向けた。
『せっかくだからさ、三人で撮ろうよ』
『いいねぇ!』
透子は丁度いい高さの遊具の上にカメラを置き、タイマーをセットしてこちらに走ってくる。
小さい体はうまく俺たちの間に滑り込み、光稀と同じようにブイサインをカメラに向ける。ピーッという音とともにフラッシュの閃光が広がる。
『見て見て』と写真を再生してくれる透子。俺一応頑張って笑ったはずなのに、引きつった顔してるし……。変な顔ー……。
『侑やっぱ写真映りいいなぁ』
えっ、光稀嘘だろ。
『あたし思うんだけどね。写真ってさ、思い出の瞬間をこうやって残してくれるじゃない? 時間って魔法でも使えない限り止まることなく流れていくものだけど、こうやってその時の素敵な瞬間を目に見える形で残せるってすごいと思うんだよね』
三人の写真をうっとりとした顔で見ながら、透子は話し始める。
まるでチークでも塗ったかのようにピンク色に染まった頬。そして垣間見えた女の子の色気。
俺は思った。
透子の言う、形に残したいほど素敵な瞬間とは、まさにこの
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