魔狼狩り 4
鋼と鋼がぶつかり合う。
暗闇に包まれたこの世界で、射撃戦闘とはそのほとんどが牽制に過ぎない。
もし、腕に装備したこの戦車砲を当てようと思うなら……。
『ぶっ放せぇーっ!!』
『了解。砲撃開始』
ライガーⅠが、密着した武神目掛けて戦車砲を放つ。
爆音が響き、武神がよろけた。
胸部の装甲が大きく凹んでいる。
内部機械にも相当なダメージがあったことだろう。
だが、それでも動くのがHVSVだ。
内部機関は単純化され、多少の故障でも戦闘行動継続を可能にする。
武神が砲塔を振り上げ、こちらも砲撃体勢に入った。
ライガーⅠはそれをさせまいと、盾になった左手で砲口を跳ね除ける。
武神に比べ、腕部の可動範囲が広いライガーⅠは、近接距離でのやり取りに長けている。
懐に入り込んだライガーⅠが、密着距離からのボディブローを叩き込んでくる。
武神の巨体が傾いだ。
そこをさらに押し込まれ、共和国のHVSVは背中から転倒する。
轟音が上がった。
その重量、機体の作り上、旧型のHVSVは背中を下にして倒れると起き上がることができない。
『いけいけいけ! ロディ! やっこさんが出てきやがるぜ!』
「了解!」
ライガーⅠの脇を抜けて、WR-07が走る。
その眼前には、今まさに前線へと跳び出してきた漆黒のHVSV、フェンリルこと神農がいた。
神農の頭部カメラアイが、接近するWR-07を追う。
その後部から対人用機関銃がポップアップし、ロディ・ホッパーに狙いをつけた。
「俺を警戒してるってか……! 俺みたいなバイク乗りをずっと見てるんだもんな。つまり、それがあいつの弱点だったってことだ」
チャン少佐から作戦の内容を聞き、ロディはこの黒いHVSVの弱点を理解していた。
フェンリルにとっての脅威は、同じHVSVではなかった。
より小回りが利き、フェンリルが隠したい背後へと回ることが容易な、例えばWR-07のような。
「行くぞ、相棒」
WR-07が加速する。
ハーフVSVの車輪は、前後に展開した両足の先端に位置する。
悪路を走る衝撃は、股関節から膝関節をサスペンションとし、吸収する。
戦闘行動で波打った地面を、まるで舗装路のように駆け抜けるWR-07。
この動きには追随できず、放たれた機関銃はロディの背後を穿つばかり。
『こっちを無視するなよ、化物!』
ライガーⅠが前進し、フェンリルに掴みかかる。
他、バッカス小隊も現れ、相手とする武神へと攻撃を始めた。
これは、フェンリルにとっても無視できるものではない。
例えスペックで大きく劣る、連盟の量産型VSVだとしても、それに危険が無いわけではない。
漆黒の魔狼は、ライガーⅠの挑戦を受けて立つ。
二台のHVSVは、金属が打ち鳴らされる轟音を立てながら、がっぷりと組み合う。
『行け!!』
「ありがとうございます、曹長!」
ドランキーの激励に押され、ロディはフェンリルの背面へと回った。
「ええい、貴様、連盟の混沌主義者め! 離れろ! 神農から離れろ!」
共和国語で捲し立てながら、ロディ目掛けて小銃を連射してくる者がいる。
共和国の指揮官であろう。
照準器とて装備していない小銃が当たるとは思えないが……。
ロディは指揮官目掛けて、こちらも小銃で応戦した。
足をWR-07のシステムで固定しつつ、左手は機体を操作する。
ハーフVSVは、収納していた腕部を展開した。
内蔵されたミニガンが唸りを上げる。
「や、やめろー!!」
指揮官が絶叫した。
だが、叫びで攻撃は止められない。
ミニガンの射撃が、フェンリルの後部に炸裂する。
黒い装甲が火花を上げ、装甲で守られぬ脚部後方に、何発かが着弾した。
無視できぬ、小さな爆発が起こる。
『キュオォォォォッ』
フェンリルが叫んだように思えた。
闇夜を裂く、軋んだ咆哮。
漆黒のHVSVの頭部が、ぐるりと回転してロディを捉えた。
機体の全身が、大きく震える。
『おっ……おおおっ!? なんだこいつ! パワーが跳ね上がりやがった!』
ドランキー曹長が狼狽する声が聞こえる。
寸前まで拮抗していた二台の力比べの天秤が、フェンリル側に大きく傾いたからだ。
フェンリルは脚部背面から黒煙を上げつつ、満身の力でライガーⅠを押さえつけた。
めきめきと異音を立て、ライガーⅠの巨体がひしゃげていく。
「なんてパワーだ! くそ、急がないと!!」
ロディはその場を駆け抜けながら、ターンする。
停止していれば射撃は楽だろうが、自分を狙う相手からすれば格好の的だ。
バイクモードでは搭乗者を守る設備など存在しないWR-07にとって、停止とは即ち死を意味する。
逆方向の腕を展開し、今度はニードルガンをフェンリルに撃ち込もうとした。
『ギィィィィガゴゴゴゴゴッ』
「そうだ、神農よ! 今は獣身へと変わることを優先せよ! そうだ! そうだ!」
ライガーⅠを強引に押しのけたフェンリルが、変形する。
四足獣のような姿だ。
剥き出しだった脚部背面は反転し、内側へと畳み込まれた。
もはや、この黒い獣の腹の中に滑り込むしか、弱点を穿つ手段はない。
「やっぱ、やらなきゃ駄目なのか。ここまで読んでたってか、うちの少佐殿は」
まさに、作戦はここからだった。
「やるよ。やりますよ……!」
フェンリルはその巨体からは想像も出来ぬ速度で、振り返る。
一瞬も躊躇することは許されない。
ロディは黒いHVSVの側方を、掠めるように走り去る。
魔狼は内に潜り込ませまいと、四肢を操作しながら常にロディを視界に収めようとする。
一対一のままでは、この化物の弱点を衝くことは難しい。
「頼むぜ、
作戦は次の段階に入った。
ロディは空に向けて、銃を構えた。
弾丸を変更。
照明弾。
光が、闇を切り裂いて飛んだ。
だが、照明弾の輝きは、周囲を漂う石英に飲み込まれ、即座に失われる。
あらかじめ石英濃度を低くしておかなければ使い物にならない装備。
それが照明弾のはずだった。
それでも、一瞬生まれた輝きは、多少の距離からであれば視認することが出来た。
これを待っていたかのように、第二機甲中隊キャンプから跳び出してくる影があった。
それは凄まじい勢いで走り、照明弾の砲口へと突き進む。
「なんだ!?」
共和国軍指揮官が叫んだ。
何者かが、戦場に乱入してきたからだ。
「来たか、ライガーⅡ! ……なんだ、あれ」
味方の到着を確認したロディだったが、ほんの刹那の間、呆けてしまう。
そこにいたものは、彼の認識を超えていたのだ。
大型戦車の真上に、長方形の分厚い金属板が無造作に載せられている。
フェンリルは、新たな敵の出現に気を緩める事はなかった。
WR-07からカメラを切り、現れた戦車を睨む。
『諸君、待たせたな! 騎兵隊の登場だ!』
ライガーⅡから、陽気なラヴァーティ少佐の声が響き渡る。
あまりにも場違いなその声に、共和国側の兵士たちも一瞬、虚を衝かれた。
『ゴオォォォォォッ』
フェンリルから響き渡ったのは、咆哮だ。
先程から、この黒いHVSVは意味のある言葉を吐き出していない。
魔狼は新たに現れた敵に向かい、踊りかかった。
背面の戦車砲が吠える。
放たれた砲弾は、ライガーⅡを穿つ……事はない。
背負った金属板が持ち上がり、これを斜めに受けた。
金属板の一部が凹むが、破損することはない。
砲弾は跳ね飛ばされ、森の中へと飛んでいった。
ライガーⅡが変形を開始する。
それは、ロディも知っているはずの新型HVSVだった。
シャルヴァンティエ少尉は確かにこれに乗り、フェンリルと戦い、敗れた。
つまり、ライガーⅡは既に一度、この魔狼に倒されているのだ。
だが、立ち上がったライーがⅡの姿は、ロディの知るそれとは明らかに違っていた。
戦場の炎に照らされて輝く、白銀の装甲。
肩部や胸部に施された、増加装甲。
そして、戦車砲が無い腕に握られているのは、スレッジハンマーではなく……。
「剣……!? 冗談だろ……!」
分厚く巨大な金属板と思われたそれは、長方形に似た形をしたグレートソードだった。
『!?』
フェンリルでさえ、目の前に出現した巨大な剣に圧倒されたかのようだった。
剣が振り回される。
空を裂く音がした。
馬鹿げた大質量がフェンリルの背部砲塔に炸裂し、それをひしゃげさせ、叩き割り、最後には切断した。
その勢いは、攻撃を行ったライガーⅡも無事では済まさない。
重量60トンを超える巨体が、回転した。
そして、自分が生み出した回転に揉まれて、転倒しかける。
『今だ! 行け、ホッパー!!』
「了解!!」
砲塔を失い、巨体を傾がせたフェンリル。
今、WR-07がその腹の中へと潜り込む。
装輪機甲サンブリンガー あけちともあき @nyankoteacher7
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