魔狼狩り 3

 昼なお暗き、この世界。

 それが森林ともなれば暗さはいやおうなく増すというもの。

 だが、闇に包まれたこの森にも、生命は息づいている。

 木々の合間を駆ける、ムササビのような動物が、立ち止まって耳を澄ませた。

 震動が近づいてくる。

 最近になって、この島を騒がせる巨大な怪物がやって来るのだ。


 漆黒の装甲が、枯れ木を引き裂きながら出現した。

 それが引き連れているのは、灰色の装甲を持つ旧式の戦車。

 周囲を歩兵達が散開しつつ、前進していく。


 彼らが目指すのは、サン・ルイス島にただ一つ残った欧州連盟のキャンプ。

 第二機甲中隊が駐屯しているその場所だ。

 共和国部隊の戦闘を行くHVSVは、欧州連盟からフェンリルと呼称されていた。

 正式名称は、新型可変戦車『神農』。

 共和国の技術レベルから見れば、明らかにオーバースペックな性能を持つそれは、島内に存在する二つの欧州連盟キャンプを壊滅させた。

 今回もまた、その圧倒的な性能によって第二機甲中隊を撃破するはずであった。


「事は急を要する。かの部隊の斥候が、神農の戦闘を観察していた」


 神農の背後を走るHVSV、連盟からはマルスと呼ばれるそれの中で、共和国側の指揮官が呟いた。


「既に、神農の仕組みが暴かれている可能性すらある。故に、侵攻は迅速に行わねばならない。彼奴らに反撃の機会を与えるてはならない」


 神農は、奥の手である火箭腕ロケットパンチを使用してしまっていた。

 それによって、機体に掛かる負荷は尋常ではない。

 前腕部の取り付けと整備で、思いの外時間を食ってしまった。


「現実時間で、およそ一日……。慎重に行く余裕はあるまい」


 指揮官は、引き連れた旧型HVSVに指令を出した。


『踏み潰せ』


 全軍に命令が下される。

 マルスと呼ばれる旧型HVSV、正式名称は武神。

 武神群が森を踏み潰しながら、前進していく。

 このまま通してくれるはずもあるまい。


「さて、どれだけの障害を用意したものか……」


 指揮官が呟いた瞬間だ。

 突然、森の木々を飲み込むほどの巨大な火柱が上がる。

 武神が吹き飛ばされ、ひっくり返った。

 車体の腹に大きな穴が空いている。


「なんだ!?」


「地雷です! 収束地雷に、周囲に可変戦車用の弾薬……!?」


「あっ、なんだ、この線……? 導火線……」


 続いて爆発が起こる。

 それは、周囲の森の半分を飲み込むような爆発だ。

 森の周囲でも、同じような爆発が起こった。

 あれは、友軍が進軍していた場所のはず。

 だが、彼らからの通信は無い。

 石英濃度が高すぎて、連絡を取ることができないのだ。


「連盟の連中め、正気か……!? 炎が森に燃え移ることになる……」


「いや、燃えていない……!?」








「引っかかったようだな。最も爆発が大きい南西部に本隊が来ていると見て間違いあないだろう」


 第二中隊キャンプ。

 そこは既に臨戦態勢だ。

 暗視型の双眼鏡を構えたウィリアムが、現状を把握する。


「しかし、あれだけの爆発があって何故燃えていない? マクスウェル少尉、どういう仕掛けだ?」


「不良品の弾丸を砕き、地雷を少々いじっておきました。火柱のようですが、地雷に使われた火薬と弾薬が反応すると、赤色に染まったガスが吹き出すんですよ」


「可燃性ではないのか?」


「あの場で火炎放射器でも使う馬鹿がいれば、あるいは」


「使わない者がいるとも限らないだろう」


「いたならば、いた時の事です。森が燃え上がれば共和国の連中も巻き添えですからね。悪くない賭けではありませんか。どちらに転んでもキルレシオで我々が勝つ」


「呆れた論理だが、同感だな」


 マクスウェルの報告に頷き、ウィリアムは通信装置を手に取った。


「作戦開始だ。狼が罠にかかったぞ。森は切り開かれた。獣が潜む闇はもう無い。さあ、狩りの時間だ」


 通信機の向こうから、咆哮にも似た声が上がる。


「では失礼いたします、少佐殿。工兵にもまだ出番がありそうですので。……ちなみに、隊長はどちらに?」


「あいつならば新型の中だ。中隊長自らが最前線に出る部隊がどこにあるというのか。ああ、いや、ここにあるな。ということで、我らが中隊長を戦死させるなよ」


「はっ」


 マクスウェル少尉が退出する。

 これから、何か悪巧みでもするのだろう。

 こちらはこちらで、策を弄するとしようと、ウィリアムはキャンプを出る。


「アバドン小隊、迅速に確認をしてくれ。フェンリルの所在が分かり次第、我らが中隊長殿が出撃するぞ。その前に、魔狼の足を止める」


『了解。アバドン小隊全機、狩りを始めます』


 キルシュネライト少尉からの返答が届く。

 遠くで、WRシリーズ三機が稼働する音がした。

 斥候部隊であるアバドン小隊。

 彼らは罠にかかった獲物の確認を行うのだ。

 わずか数分後。


『少佐、当たりです!』


 報告が届いた。

 それは、今作戦において大きな役割を果たすであろう、戦闘バイク乗りの声だった。

 ロディ・ホッパー軍曹は、標的を発見したのだ。

 新型HVSVフェンリル。

 友軍の中隊二つを壊滅させる原因を作った、恐るべき機体。


「よし」


 それだけ告げて、ウィリアムは通信機のチャンネルを切り替えた。


「バッカス小隊、獲物は南西。狩猟を開始せよ」


『待ってたぜ!! おい、おめえら! パーティの始まりだ!』


 ドランキー曹長が怒鳴ると、通信機にたくさんの雑音が混じった。

 小隊のメンバーが一斉に大騒ぎしているのだ。

 次いで、エンジン音。

 ライガーⅠが動き出す。


「現在のところは順調、と。しかし、この世界は僕のやり方に実にマッチしている。通信もできない。空も飛べない。そんな世界ならば、人は古い軍略に戻る他ない」


 ウィリアムの手に握られているのは、タブレット端末だ。

 通信機を肩で挟み、味方の動きを把握しながら、彼は端末上に展開されたマップに印を付けていく。


「さて、どうする共和国。策とは本来、君たちの祖先が作り上げたもののはずだが」







 共和国軍を襲ってきたのは砲撃だ。

 視認に全てを頼る闇夜の戦闘。

 遠距離から放たれる砲など、単純に当たるものではない。

 ただし、それは目印がなければの話だ。


「あれをなんとかせよ! あのハーフVSVを!」


 指揮官が叫ぶ。

 人型と戦闘用バイクを自在に形状変化させながら、それは戦場を駆け回る。

 擱座かくざした武神を駆け上がり、照明弾を上空へと放つ。

 それを目掛けて、遠方からの砲撃が行われるのだ。


「あれが、砲撃をこちらに呼び寄せている! あの騎兵、命が惜しくはないのか!」


 共和国側の戦闘用バイクが、ハーフVSVを迎撃しようとする。 

 だが、戦場にはまだまだ多くの罠が仕掛けられていた。

 小さな爆発がそこ、ここで発生し、共和国の動きを妨害していく。

 動けば、罠にかかる。

 動かねば、砲で撃たれる。

 共和国の兵士たちは、パニック状態に陥っていた。


 今、また放たれた砲が武神の一台へと炸裂した。

 鋼の巨体が傾ぐ。


「ええい、こうなれば強行突破せよ! 武神隊、前に立て! 罠を踏み潰して進め! あのような罠、幾つも仕掛けられているものではない! 神農を守り、先に進めよ! キャンプに辿り着いてさえしまえば、神農の力ですべて終わる!」


「い、いえしかし罠が仕掛けられて……」


「進まねば、私が貴様らを処刑するぞ!!」


 武神から体を出した指揮官が、空に向けて引き金を引いた。

 兵士たちが震え上がる。

 それは、指揮官の行為に恐怖したからではない。

 黒いHVSV、神農が、ゆっくりとその姿をヒューマノイドモードへと変化させたからである。

 カメラアイが放つ赤い光が、友軍を睥睨する。

 この恐るべき新型が、どれだけの力を持っているのか、彼らはよく知っていた。

 そして、あの力が自分たちに向けられないとは限らないのだ。


「そうだ、神農を守れ。よく考えてもみろ。あれだけの罠が、無限に仕掛けられていると思うか? 物資にも人員にも限りがある。せいぜいが、我らを足止めするために設置されている程度で、この先にまで罠があるとは限るまい! さあ、行け! 行くのだ!」


 指揮官に追われるように、武神達がのろのろと前進し始めた。

 その数は四台。

 罠によって擱座した武神が二台。

 前進を始めた共和国軍。

 だが、彼らの進撃はほんの一瞬で終わる。


『ああ、仕方ねえな。やっぱりばれちまったか。ま、あの陰険罠師の目論見通り、十分にこいつらの足は止まったよな』


 外部スピーカーから、欧州連盟の共用語が流れ出す。

 酒焼けしたどら声だ。


『ここからは、戦車同士の勝負と行こうや! 相手をしてやるぜ、マルスども!』


 木々の合間から、青く輝くカメラアイの光。

 バッカス小隊のライガーⅠが立ち塞がる。

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