魔狼狩り 2
急な呼び出しが来たため、ロディとセシリアは隊長室へ来ていた。
この二人が呼ばれるということは、目的とされる話題が何なのか、容易に見当がつく。
「フェンリルについてだ。君たち二人だけが、あの黒いVSVと交戦し、生還した全員だ。故に、この映像だけでは知れない戦闘時の感触と言ったものを話して欲しい」
いつもの陰鬱な様子で、ウィリアム・チャン少佐は告げた。
鋭い眼光が、ロディとセシリアを順に見つめる。そして次に彼らの横を注視して、ピタリと止まった。
「……その
「他に男しかいない中隊で、女の子を一人放り出しはおけないからです」
物怖じしない様子で、セシリアが答える。
ウィリアムは、彼にしては珍しく戸惑っているようだった。
このモンゴロイドの将校を、ジュリエッタの曇りない真っ青な瞳が、じっと見つめている。
「それは……以前のホッパー軍曹の任務の際には、貴賓室に鍵をつけて使用しているから、そこに」
「閉じ込めておくんですか? 民間人の監禁は戦時法で色々問題があるのでは」
「……あそこ、暇なの」
女二人に言われて、ウィリアムが難しい顔をする。
じっとそれを見ているファリス・ラヴァーティ少佐は、笑いを噛み殺していた。
「仕方あるまい。今回は特例として許そう。ホッパー軍曹、しっかりと監督しておくように」
「はっ」
ようやく本題に移れる。
ウィリアムの顔は、そんな安堵が隠せないでいた。
どうやら、年若い少女が苦手なようである。
意外、とロディは思った。
「フェンリルと戦闘をした所感を聞きたい。特に、シャルヴァンティエ少尉。貴官はライガーⅡに搭乗し、フェンリルと交戦した唯一の人間だ。その証言は、本作戦において重要性が高い」
「はい。では申し上げます。一言で言えば、フェンリルは化物です。あのようなHVSVがあのような機動をできるわけがありません。計器のデータは残っていないのですけど……体感として、あれは
MVVとは、マルチプル・ヴァリアブル・ビークル。
市街地で運用される、非戦闘車両である。
可変と言ってもヒューマノイドモードになることは無く、シャーシを変形させ、駐車可能な省スペースに収める形になるものや、様々な作業のために、それぞれに適した形状へと変化するタイプの事を言う。
戦車と違い、重量が軽く小回りが効く車両も多い。
「HVSVでは不可能な機動ということか。それはどういう理由と考える?」
「はい。HVSVでは車体の重量があるため、四肢で支えてあの機動を行う事は不可能でしょう。ライガーⅠは総重量60トン。やや小型な共和国のマルスでも、47トンあります。フェンリルのあの動きを実現するためには、重量はもっと軽くないと……」
「どう思う、整備長」
「うむー」
部屋の奥から、ボサボサ頭の中年男が顔を出した。顎も剃っていないのか、無精髭
だらけだ。
彼を見て、ジュリエッタがロディの影に隠れた。
最初の邂逅以降、彼、タイデル・ブロック技術中尉が苦手になってしまっているらしい。
「フェンリルが軽量じゃないかという話は、納得できるところだな。あの動きもおかしいが、こいつ、極端な装甲配分をしてるだろう。おい少尉。あいつは一度でも、お前さんに背中を見せたか?」
「いいえ。常に真っ黒な装甲をこちらに向けていました」
「どうだ、軍曹。お前の目で見て、これ明らかにおかしいってところ無かったか?」
「はっ。自分がフェンリルの背後を撮影したこれをご覧いただくと分かると思うんですけれど、足の裏が特にここ、装甲が薄いようで。多分、配管が剥き出しになってるんじゃないですか、これ。自分のWR-07でも、あれなら抜けると思います」
ウィリアムは深く頷く。
「戦車砲を正面から弾くほどの重装甲と、ハーフVSVの射撃にも耐えられない脆弱な背面か。まさに、初見殺しのための機体だな」
「おう。正面装甲はこいつ、ライガーⅠの150%ってとこだろ。で、その分、後ろの装甲は削ってるんだろう。というか、あの機動を実現するなら、こいつの重量は重くて40トンってとこじゃねえか?」
ブロックの言葉に、ロディとセシリアは目を丸くした。
「それって、装甲車並ですよね。でも、それでもあれだけの動きは異常では……」
「そこよ、軍曹。このフェンリル、恐らくエンジンは今までにない高出力だろう。てめえでエンジンを作れねえはずの共和国が、どうやってこれを再現したのか不思議だが、ライガーⅠの66%の重量に、下手をすりゃライガーⅡ以上の出力のエンジン。力押しで無理やり、あの動きを実現してるってことだな」
「そんなメチャクチャな! ライガーⅡだって軽量化して、それでエンジン出力上げてもあそこまで動けないんですよ。どれだけパワーがあれば、あんなに動けるようになるんですか! それに、エンジンは動いたら熱が生まれます。それはどうやって……あ」
セシリアは何かに気づいたようだ。
ブロックが頷く。
「背中や足の裏をスッカスカにして、全部排熱に使ってるんだこいつは。軽量化と出力増強による高機動化。排熱のための背面装甲排除。実に割り切った設計じゃねえか。作った奴は頭が沸いてやがるな」
「ホッパー軍曹。この高機動形態だが、この間に入り込めるか? この状態になったフェンリルは、弱点である足裏を内に折りたたみ、防御しているものと見られる。そこを内から攻撃する」
ウィリアムは、四足になったフェンリルの映像を停止する。
「……出来ます」
「任せよう。それでいいか、ファリス」
「ああ、私は一向に構わんぞ! 頼むぞ、ホッパー軍曹」
「任務、拝命いたします!」
「さて、今頃はウルカヌス小隊が仕事を進めてくれているはずだが」
ウィリアムが、影の主役とも言える工兵部隊の報告を待ち望んでいた時、戦地となるキャンプ前の森にて、今まさにウルカヌス小隊は作業に勤しんでいたのである。
戦闘工兵車タイプのHVSV、レオパルドが変形を開始する。
折り畳まれていた前腕が展開し、無限軌道は形を変えながら後足になる。
それは人型と言うよりは、類人猿に似た異形のヒューマノイドモードだった。
地面に突いた長過ぎる前腕部は、実は複数のマニピュレーターを収納するポッドでしかない。
「この場の作業で最後だ。気を引き締めていけよ」
マクスウェル少尉の言葉に、レオパルドの二名の乗組員が応える。
石英濃度が濃い今現在、小隊の他の機体とは連絡がとれない。
だが、自ら鍛え上げたこの部隊を、マクスウェルは信じている。
────戦闘とは、始まる前から決している。いかに己に適した戦場を作るかで、味方の犠牲も、敵に与える損害も決まる。
マクスウェルはそう考えている。
レオパルドの作業用マニピュレーターが、工具となって木々をえぐっていく。
内部にワイヤーと爆薬を設置し、これを掘り起こした地面、対面の木から伸ばしたワイヤーに接続。
樹上にはニードルガンを設置する。
「隊長、こんな馬鹿みたいな密度で爆薬設置して、もし仲間がかかったらどうするんですかね」
「そんな間抜けな味方は死ねばいい」
「うへえ、厳しい。ってか、こんだけ資材を使って、後々困らないんですかね?」
「勝たねば後は無い。後は後になってから考えればいいんだ。何しろ、敵を殲滅したら、資材は増えるだろう? それに、我が友軍は我々のために多くの資材を残してくれた。これを回収に向かうためにも、今は勝利せねばならないということさ」
「違いねえ」
無駄話をしながらも、レオパルドの動きは止まらない。
細かに移動を行いながら、戦場となりうるこの場を、死の森へと変えていった。
「こりゃあ、さぞかし派手な花火が上がるでしょうなあ。共和国の連中は数だけは多いから、俺たちの仕掛けも無駄にならなそうだ」
「ああ。お客さんは楽しませねばな。我らの仕込みで、彼らに退屈を感じさせてはいかん。ここはもう少しだけ手厚くしておこうじゃないか」
「わはは! 隊長ドSですよね!」
「そんな事はない。ベッドの上では私は紳士だぞ。問題はこの島に、それを見せることが出来る淑女が少ないことだ」
ドッと沸く、レオパルド車内。
かくして、凝り性の工兵達により、森は複雑怪奇な罠が張り巡らされた。
ジョン・マクスウェル少尉。
通称、皆殺しのマクスウェル。
自己満足のために、彼らの部隊以外誰も全貌を掴めぬようなトラップを作り上げ、葬った敵の数より、迂闊に嵌って天に召された仲間のほうが多いらしいという曰く付きの将校だ。
そんな彼が、今は本気だった。
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