魔狼狩り 1
「ここに重要な情報が持ち帰られた。無論、我が新たなる愛機たる、新型の
ファリス・ラヴァーティ少佐は、並み居る第二中隊の幹部連を見回し、ニコリともせずに告げた。
「残念ながら、上層部が期待した
上層部が嫌い、わざわざ島の僻地まで追いやったという不良中隊だけではないか」
芝居がかったファリスの言葉に、この部屋に居並ぶ面々は思わず吹き出す。
「我ら不良中隊は、ホッパー軍曹が持ち帰った貴重な情報と、第三中隊唯一の生き残りであるシャルヴァンティエ少尉を保護することに成功した。新型との交戦データと、交戦経験者を手にしているのだ。何という運命の悪戯だろう。
これは、欧州連合が言うところの、天の思し召しではないかね?
我が盟友、ウィリアム曰く、一将成りて万骨枯る……ではないが、敗れた彼らは犠牲となり、こうして我々に英雄となる機会を与えてくれた。では、作戦会議を始めよう」
「微妙に用法が違うぞファリス」
キャンプにおける隊長室であるここは、会議室へと変貌を遂げていた。
ホワイトボードの前に立つのは、先程ファリスに突っ込みを入れたウィリアム・チャン少佐。
彼の対面、最も奥まった場所にいるのが部屋の主、ファリス・ラヴァーティ少佐だ。
テーブルの右に二名。
バッカス小隊隊長、チャーリー・ドランキー曹長。
次に、ウルカヌス小隊隊長、ジョン・マクスウェル少尉。これといった特徴が無い、黒髪黒瞳、中肉中背の男だ。
ウルカヌス小隊は、三台の戦闘工兵車型HVSV、レオパルドを駆り戦場そのものを構築する役割を負う。
テーブルの左に二名。
アバドン小隊隊長、フリッツ・キルシュネライト少尉。一見して女性と見紛うような、美貌の将校である。士官学校を卒業してすぐ、問題を起こし、この中隊に飛ばされてきた。
整備チームの整備長こと、タイデル・ブロック技術中尉。
以上の六名が、このキャンプにおけるそれぞれのチームのトップである。
テーブルの上には、投影装置がある。
ウィリアムはこれを起動し、部屋の明かりを落とした。
映し出されるのは、ロディが記録してきた共和国軍新型、フェンリルの戦闘だ。
常識はずれな機動を行う、この黒いHVSVに、ドランキーとマクスウェルが驚きの声を上げた。
「こんなに動かれちゃ、当たりゃしないぜ! しかもなんだあのパワーは。でたらめにも程があらあ! 俺は酔っ払ってるのか!?」
「曹長はいつでも酔っておいでではないか? ふむ、あの挙動、通常の機体とあまりにも異なりすぎている。仮に我が小隊が工作を設置したとしても、平時のような効果は期待できまい。あの前腕、戦車地雷でも抜けるかどうかは怪しいぞ」
一方、キルシュネライトは冷静だった。
フェンリルの、一見常識はずれにも見える機動は四足を用いなければ実現できないと、早々に見抜いたのである。
若年ではあるが、キルシュネライトに欠けているのは経験のみ。
「私のアバドン小隊ならば、あれに追いつくことは造作もありません」
「おいおい坊っちゃん少尉。だけどよ、ハーフVSVじゃあの真っ黒野郎に武器が通じないだろうが」
「かの機体ですが、背面装甲は薄い部分があるようです。四足になることで変形し、装甲の位置を変えて弱点を守っているのでしょう。チャン少佐、今のシーンをもう一度流していただけませんか」
「ああ」
ウィリアムが巻き戻しを行う。
そして、キルシュネライトの要請に応じて、戦闘の状況をゆっくりと流す。
「ほお! こいつか! よく見つけたな少尉」
整備長のブロックが歓声を上げた。
どうやら動体視力の問題で、よく見えていなかったらしい。
彼は立ち上がると、ウィリアムを押しのけてホワイトボードまで歩いていった。
「見ろ、これを」
整備長の手が、映像を指し示す。
それは、フェンリルが四足になる瞬間だ。
「
「いやいやいや! 待ってくれよおやっさん!」
ブロック整備長をおやっさんと呼ぶのは、ドランキーとバッカス小隊以外にはいない。
「そんな、四つん這いになった奴の裏側が弱いって言ってもな! そんなところ戦車砲で狙えやしないぜ!? 第三のお嬢ちゃん少尉だって、わざわざこいつをひっくり返そうとしたんだろ? そこで虎の子のミサイルパンチを出してきたんだ。ひっくり返そうとしたら、何人か死ぬぞこいつは。
それとも何か? 俺らに死ねって言ってるのか?」
「ふん、お前ら戦車乗りにそこまで繊細な仕事は期待しとらん。というかバッカス小隊には無理だろうが。普段からよくぶっ壊すお前らの期待を、俺は隅から隅まで整備してるからな。どういう扱い方なのかはよく知ってるわい」
「お、おう……」
整備長に睨まれて、大人しくなるドランキー。
マクスウェルはぶつぶつと何かを呟いている。爆薬や罠を設置して、どこの位置に誘い込み、爆発で裏返す……。いや、このやり方は確実性に欠ける……などなど。
「キルシュネライト少尉」
ここで初めて、ファリス・ラヴァーティが声を上げた。
「はっ」
「君のアバドン小隊なら、
「可能です」
即答だった。
「私の技量では難しいでしょうが、グラナドス曹長であれば。あるいは、ホッパー軍曹ならば確実性は増すでしょう」
「ロディ・ホッパーか。やはり彼の名が上がってくるな」
ファリスが笑みを浮かべる。
日照の魔女をこのキャンプへと送り届け、次には魔狼フェンリルのデータを記録した斥候兵。
二つの状況の中心に、彼がいる。
「ウィリアム、俺は彼を推したいところだが」
「異存はない。最も数多く、フェンリルとの接触を行い、生還したのが彼だ。蚩尤の加護でも受けているのかね。我が一族も、運気というものを重く見る。今の彼は、間違いなくついていると言えるだろう」
「あの坊主か。おう、俺も賛成ですよ」
「私にも異存はありません。そもそも、我ら戦車工兵に出番はあるのですか?」
バッカスとマクスウェルの言葉に、ウィリアムは頷いた。
「僕に策がある。かの傍若無人に暴れまわる狼を、仕留めるための策がな」
ウルカヌス小隊の三台が、朝からせわしなく動き回っている。
戦闘工兵車部隊である彼らは、表立って戦闘に参加することは少ない。
むしろ主となる仕事は、戦闘が始まる前に自分たちに有利となる戦場を構築することである。
「何をやってるんだろうなあ。森に入ったり出たりを繰り返してる」
「……」
ロディは代用肉のハンバーガーを齧りつつ、その光景を見つめていた。
隣では、日照の魔女であるジュリエッタが、同じハンバーガーをもそもそ食べている。
部隊から作業着を支給され、だぶだぶの袖をまくってどうにか腕を露出させていた。
「美味いか?」
「ん……村のご飯より、美味しい」
「そうか。大した飯は無いけど、味だけはコック長が気合い入れてるからな。もし本国に来る事があったら、高い本物の飯を奢ってやるよ」
「ほんもの……?」
ジュリエッタが、青い瞳をきらきらとさせてロディを見上げる。
「ああ。代用肉じゃなくて、本物の肉を使ったハンバーガーとかな。ピザでもいいんだけどさ」
さっさとハンバーガーを食べきって、バーベキューソースがこぼれた指先を舐めるロディ。
ジュリエッタも真似をして、自分の指を舐めようとした。
「こらこら、お行儀悪いところ見せるんじゃないわよ」
後ろからコツン、とロディを叩く者がいた。
「いてっ」
「彼女が真似しちゃうでしょ。君は日照の魔女の引率だって聞いたよ? 悪い教育しちゃだめ」
それは、松葉杖をついた短髪の女性。
右足をギブス型の細胞賦活ユニットで包んだ、セシリア・シャルヴァンティエ少尉だ。
ロディが連れ帰った彼女は、すぐさま治療を受け、一命をとりとめた。
右足は通常であれば切断するしか無いほど損傷していたが、ここに
曰く、
『本国のポーカーで偉いさんとやり合ってな。やっこさん、べらぼうに弱かったんで有り金全部巻き上げたら、最後のひと勝負を挑んできてな?』
ということで入手したのだそうだ。
つまり、整備長の私物である。
「いたた……。松葉杖で叩くことないだろ」
「今の私は病み上がりで弱ってるのよ。大の男を諌めるのに、道具を使うくらい何よ。いたいけな少女が間違ったマナーを教え込まれようとしてるんだから」
「ほんの一日二日で基地の中動き回れるまで回復する、病み上がりってなんなんですかね」
「?」
ロディとセシリアの言い合いに、ジュリエッタは不思議そうな顔をして、交互に彼らを見つめる。
その後、自分の指をペロッと舐めた。
「あっ」
「あっ」
ロディとセシリアが同時に声を上げる。
この要素を遠くから、イスマエルが悔しそうに眺めているのだった。
ロディはまだ、己が今回の作戦の中核となることを知らず、つかの間の休息に身を沈めている……。
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