彼女が好きなものはホモ牛乳であってレーズンパンではない(ラブコメ)(4100字)
クラスで気になる女子と言えば隣の席の
「今日の三之浦さんはパンか」
高校に食堂はない。生徒は持参した弁当もしくは購買部で売られているパンで昼食を済ませる。三乃浦さんは基本弁当だが、週に一度か二度、弁当を持って来ない日がある。
「しかも今日もレーズンパンだ」
三之浦さんの何が気になるのかと言えば、パン昼食の日は必ずレーズンパンを食べることだ。大好物なのか、それとも他に理由があるのか、この数カ月ずっと気になって仕方がないのである。
「私に何か用?
レーズンパンを持ったまま三之浦さんが胡散臭そうな視線を向ける。しまった、今日は彼女を凝視しすぎてしまったようだ。ここは素直に本心を述べたほうが良いだろう。
「いやあ、三之浦さんはいつもレーズンパンを食べているなあと思って」
「それが何? 偏食はやめろと非難したいの?」
「そうは言ってないよ。何を食べようと個人の自由だからね。三之浦さんにそこまで愛されているレーズンパンは幸せ者だなって思っただけさ」
三之浦さんがむっとした表情になった。レーズンパンを机に置くと、牛乳の瓶を鷲掴みにしてこちらに突き出しながら言う。
「藤安君、勘違いしないで。私はレーズンパンなんか好きじゃない。好きなのはこのホモ牛乳よ」
「へっ、牛乳?」
「そう。レーズンパンはホモ牛乳を美味しく飲むための添え物にすぎないのよ。いわば抹茶を飲む前にいただくお茶菓子に等しい存在。茶道でお菓子を食べるからと言って、それがメインだとは誰も思わないでしょう。それと同じよ。私のメインはあくまでもホモ牛乳なの」
さすがは茶道部、お茶菓子を例にとっての説明は大変分かりやすい。思わず納得だ。
「でもそれならレーズンパンじゃなくてもいいじゃないか。どうして他のパンにしないの?」
「ホモ牛乳の引き立て役となりえるのは甘いパン。だけど私はクリームやジャムやチョコみたいなくどい甘さが嫌いなの。アンパンは好きだけど、部活のお茶菓子と同じ和風だから飽きてしまう。と言ってミルクパンや黒糖パンじゃ甘さが足りない。最終的に果実由来の甘さとお手頃な価格のレーズンパンに落ち着いたというわけよ」
どうもよくわからない理由だ。さりとて自分の好物の理由を明確に説明できる人物などいないだろう。僕だってウドンよりはラーメンが好きだが、その理由を訊ねられても好きだからとしか答えられない。
「そ、そうなんだ。牛乳は体にいいもんね」
その場はそれで終了した。三之浦さんは再びレーズンパンを食べ始めた。
珍しく次の日も三之浦さんはパンだった。昨日と同じくレーズンパンと牛乳が机に置かれている。黙々と食べる姿を見ているうちに、やっぱり好きなのは牛乳じゃなくてレーズンパンなんじゃないかという気になってくる。
「ねえ、三之浦さん、昨日レーズンパンをお茶菓子に例えて説明してくれたけど、それなら君の食べ方って少し変じゃないかな」
「どこが変だと言うの?」
「お茶菓子は抹茶を飲む前に全て食べてしまうよね。でも君は食べながら牛乳を飲んでいる。それじゃ牛乳をじっくり味わっているとは言えないんじゃないかな」
僕の言葉を聞いた三之浦さんの口元に不敵な笑みが浮かぶ。
「ふっ、茶道の何たるかを知らないド素人が偉そうな口を利くものではなくてよ。抹茶一杯は約70cc。200ccホモ牛乳の三分の一。それが一度に味わえる適量なのよ。そこで私は三度に分けてホモ牛乳を飲んでいる。もちろんレーズンパンも三つに分けて食べている。食べながら飲んでいるのではないわ。三度に分けて味わっているのよ。まだまだ観察が足りないわね、藤安君」
そう言われて机を見ればレーズンパンはきちんと分割されている。三分割した一切れを食べた後で牛乳を味わう、という行為を三度行っていたというわけか。確かにそこまで気が回らなかった。
「納得したよ。茶道部は伊達じゃないね」
その場はそれで終了した。三之浦さんは残りのレーズンパンを食べ始めた。
それからも僕は毎日三之浦さんの観察を続けた。そして改めて気が付いたことがある。彼女は弁当の日も牛乳を飲んでいるのだ。これには僕自身驚いた。きっとこれまでもずっと飲んでいたに違いない。それが僕の記憶に留まらなかったのは、ドリンクはあくまでも添え物という意識が根底にあったからだろう。
誰でも弁当と一緒にお茶を飲む、ジュースを飲む、コーヒーを飲む。だからと言って何を飲んでいるか、いちいち記憶に留めておくことはない。何を食べているかの方が重要だからだ。
「つまり三之浦さんは毎日牛乳を飲んでいたのか。どうやら牛乳大好きというのは嘘やごまかしではなく真実のようだな」
そして彼女は今日も牛乳を飲んでいる。なんとなく声を掛ける。
「牛乳は美味しいかい、三之浦さん」
「牛乳ではないわ。ホモ牛乳よ」
妙にホモにこだわっている。わざわざ牛乳の枕詞にする必要性があるのだろうか。
「あの、ところでそのホモって何の意味?」
「あら、知らないの。ホモは均質化を表すホモジナイズの略。脂肪が細かく砕かれているから消化にいいのよ。もっとも最近はほとんどの牛乳がホモで、ノンホモを探すのは大変みたいだけど」
それならわざわざホモを付けなくてもいいんじゃないかと言いたくなったが、これまで同様、何らかの理由で反論される可能性が大であるのでやめておいた。
「へえ~、さすが牛乳好きだけあって博学だね」
「牛乳好きではないわ。ホモ牛乳好きって言ってよ」
その場はそれで終了した。三之浦さんは牛乳をゴクリと飲んだ。
やがて僕は新たな疑問を抱くようになった。どうして三之浦さんは毎日飲むほど牛乳が好きなのだろう。しかもホモに限定するのだろう。
「ホモ、ホモ……ホモ牛乳の何が三之浦さんを魅了しているのだろうか」
「あ~、ではこの問題は、藤安、答えろ」
しまった。地学の授業でぼんやりしてしまった。何を質問されたのかさっぱりわからない。ノロノロと立ち上がる僕の耳に三之浦さんのささやき声が聞こえてくる。
「地殻とマントルの境界を何というか、よ」
ああそれなら分かる。僕は自信満々で答えた。
「ホモロビチッチ不連続面です」
一瞬の静寂。そして教室に湧き起こる爆笑。先生も苦笑いしている。
「ああ、お約束通りの誤答をありがとな。正解はモホロビチッチ不連続面だ」
なんてことだ。ホモ牛乳について考えていたから言い間違えてしまった。早急に三之浦さんとホモ牛乳の関係を究明せねば、学業に支障をきたしてしまうだろう。僕は頭をかいて着席した。
その関係は意外に早く解明された。体育の時間、女子の体操着姿を見ながらの男同士の会話となれば、どの女子がタイプかという話題しかない。
「おい、藤安、お前はどうなんだ」
「ああ、隣の席の三之浦さんなんかいいんじゃないかな。真っ直ぐな黒髪が清楚な感じで」
「三之浦か。確かに女子力高そうだが俺は駄目だな」
「どうして」
「色気がないんだよ。おまけに胸もない」
はっとして体操着姿の三之浦さんを見る。本当だ。制服姿の時は目立たなかったが、体操着姿の彼女の胸は同情を禁じ得ないような有様だ。その時、僕は気付いた。彼女が毎日ホモ牛乳を飲み続ける理由はここにあるのではないかと。
「もしそうなら救ってあげなくては」
牛乳は確かに胸に良いだろう。しかしレーズンパンが胸に良い効果を及ぼすとは思えない。僕は購買部で売られているパンをつぶさに調べた。そしてその中に十分期待できるパンを発見した。
「これだ。これで三之浦さんは救われる!」
これまでやられ通しだったが、今度こそ三之浦さんを理詰めで説き伏せられる、僕はそう確信した。
「三之浦さん、ちょっといいかな」
放課後、校門を出たところで三之浦さんを呼び止めた。
「何? 電車の時刻があるから長くは付き合えないわよ」
「ああ、それなら大丈夫。駅まで歩きながら話そう。実はホモ牛乳のことなんだけど、ひょっとして三之浦さん、胸を大きくしようとして毎日飲んでいるんじゃないのかい」
三之浦さんは一瞬で凍り付いたような表情になった。歩きながら話そうと言ったのに、そこに突っ立ったままだ。
「ホモ牛乳は脂肪が細かく砕かれている。きっと胸の成長にも効果はあるだろう。でもレーズンパンはどうかと思うんだ。そこで僕にひとつ提案がある。これ、購買部で売られているチキンサンド。ただのチキンじゃないよ。原材料は鶏の胸肉。ほら、同物同治って言葉があるだろう。体の調子が悪くなったら悪くなった場所と同じ食材を食べて治すという考え方。この胸肉を使ったチキンサンドを食べれば、三之浦さんの哀れなほどの貧乳にも劇的な効果が、ぐふっ!」
突然腹に強烈な衝撃が走った。三之浦さんの右拳が撃ち込まれたのだ。息ができないほどの激痛に耐えられず、僕は両膝を地面につけた。
「今度、私の前で同じ話題をしてごらんなさい。二度とホモ牛乳が飲めない体にしてあげるわ」
これだけ激怒するとは……やはり僕の推測は当たっていたのか。返事もできずにうずくまったままの僕を見捨てて三之浦さんは去っていく。左手にチキンサンドの袋を握り締めて。
そして今日も三之浦さんはホモ牛乳を飲んでいる。ただ以前と違う点が一つある。ホモ牛乳のお供がレーズンパンではなくチキンサンドに変わったことだ。
「勘違いしないでくれる。このパンのほうがホモ牛乳に合うのよ」
「そ、そうなんだ。新しいホモ牛乳の友が発見できてよかったね」
強気な態度は以前と同じままだ。早く鳩胸になりますようにと心の中で願いながら、今日も三之浦さんに頭が上がらない僕であった。
このお話とよく似た題名の作品「彼女が好きなものはホモであって僕ではない」は、
https://kakuyomu.jp/works/1177354054881880612
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