本当にこわいあずきバー 隠された黒真珠、君は気づける?(現代ドラマ)(2000字)

 葉桜の新緑が眩しい初夏のある朝、僕は先輩のアパートへ向かっていた。先輩は小学校で一学年上、中学校で一学年上、高校で一学年上、そして現在、大学では一学年上ではなく同級生である。先輩は一年浪人してしまったからだ。


 同級生を先輩と呼ぶのもおかしな話だが、小学校の頃からそう呼んでいるので、今更別の呼び方を考えるのも面倒くさい。先輩も「よせよ、同級生だろ」などと反論したりもしないので、そのまま呼んでいる。


「こんちは~、先輩」

「おう、来たか。朝早くからすまないな」


 中へ入ると部屋の真ん中に壊れた本棚が置かれている。なるほどこれかと僕は思った。今日来たのはいつものように飯を食うためだけではない。昨日、先輩からこんなメールが届いたのだ。


『俺だ。ゴミ捨て場で本棚を拾った。壊れているが修理すれば使える。手伝え』


 先輩は本が好きだ。部屋の中には古本屋で手に入れた本が大量に転がっている。しかし本棚がないので積み上げてあるだけだ。実に見苦しい。本棚を手に入れて本の整理ができるのなら、僕としても手を貸すのはやぶさかではない。


「それじゃ始めましょうか。外れた板をネジ釘で留めていけばいいんですね」

「いや、ネジ釘を買うような経済的余裕はない。釘で修理する」

「釘もネジ釘もそれほど変わらないでしょう。どちらも百均で手に入るんじゃないんですか」

「釘はただで手に入る。この一週間、俺は磁石を引きずりながら工業団地を毎日散歩した。そして鉄ゴミと一緒に釘を数十本手に入れた。それを使う」


 先輩のドケチ根性は感動ものだ。そもそも粗大ごみ置き場から本棚を拾ってくる時点で、かなり感動してはいたのだが。


「分かりました。で、金づちは?」

「ない」

「はあ?」

「はあ、じゃない。金づちはない」

「金づちがなくちゃ釘は打てないでしょう」

「ふっ、甘いな」


 先輩は冷蔵庫に向かう。冷凍室を開けてアイスを取り出した。


「冷菓の中では世界一の硬度を誇ると噂になっている井〇屋のあずきバーだ。これで釘を打つ」


 先輩の頭のネジ釘も随分緩んでしまっているようだ。一本七十円のアイスに金づちの代役が務まるとは思えない。さりとて止めても止まるような先輩ではないので好きにさせることにした。


「では始めよう。板を支えていてくれ」


 言われるままに板を持つ。先輩が釘をあてがう。あずきバーでそれを打つ。


 ――コン、コン、コン……


(う、ウソだろ……)


 それが当たり前のように釘は打ち込まれていく。恐るべしあずきバー。こんな使い道があるとは夢想だにしなかった。


「意外とこわいんですね、あずきバーって」

「うむ。確かに怖いな。凶器として使えそうだ」


 こわいの意味を勘違いしている気がするが面倒なので放っておく。

 カチカチのあずきバーのおかげで作業は順調に進み、本棚の修理はほどなく終了した。さっそく積読状態の本を本棚に収納する。散らかっていた先輩の部屋は見違えるようにさっぱりした。


「実にめでたい。今日の昼飯は赤飯にしよう」

「えっ、いや、そこまで気を遣ってもらわなくてもいいですよ」

「気など遣っていない。あずきバーがあれば赤飯など簡単に作れる」


 なんだか嫌な予感がする。的中した。若干溶けかかってはいるものの未だにアンビリバブーな強度を保ち続けているあずきバーは、先輩の手によって米と一緒に炊飯器へ放り込まれた。


「知っているか。最近井〇屋はキャンペーンを始めたそうだ。小豆そっくりの黒真珠を十万本に一本の割合であずきバーに混入させているらしい」

「マ、マジっすか!」

「マジだ。もし炊き上がったあすきバー赤飯から黒真珠が発見されたら、今日のお礼としておまえに進呈しよう。心してあずきバー赤飯を賞味するがよい」


 十万本に一本となると、黒真珠を引き当てる確率は年末ジャンボの三等と同じである。こんなところで運を使い果たしたくないなあとは思うが、出れば出たでそれは嬉しい。

 いつものように肉野菜炒めを作り、炊き上がったあずきバー赤飯と一緒にゆっくりゆっくり食べる。先輩がつぶやく。


「少しこわいな、このあずきバー赤飯」

「そうですね。黒真珠を噛んじゃうんじゃないかと、少し怖いです」


 こわいの意味を取り違えているような気がするが、面倒なので放っておく。

 結局黒真珠が発見されることはなかった。


 * * *


 その後、ネットで調べてみたら、井〇屋の黒真珠キャンペーンは根も葉もない噂話と判明した。大方そんな話だろうとは思っていた。それでもほんの少しだけ夢を見られたのだから良しとしよう。

 ただ、あの日からあずきバーを食べる時は決して噛まないようになってしまった。元々こわくて噛むのは一苦労だし、もしかしたら黒真珠が……と思うと怖くて噛めないのだ。







 このお話とよく似た題名の作品「本当はこわい話 かくされた真実、君は気づける?」は、

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054881838525

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