終わらぬ春と終わる道
空が橙色に染まりはじめた頃、屋上へと辿り着くと、そこには当然アキラがいた。
「お?ユウ、どうした?ひょっとして実は俺を呼び出したのはお前とかか?」
「バカ言え。ヒカリが来る前に少し話そうと思っただけだよ」
「ははっ、なるほど叱咤激励ってワケか!親友からのそれは嬉しいな」
いつも通りケラケラと笑うアキラ。だけど、もう俺は笑えない。
鞄にしまったある物をバッグの中で握りしめ、平静を装いながら続ける。
「勝ちが確定したゲームをやってる奴に叱咤激励なんていらないだろ?それをするだけなら電話か、さっきの会話だけでで済ましてるさ」
「そうか…じゃあ何を話しに来たんだ?」
「あぁ、ちょっとお前に見せてやりたくてな。勝負に負けた奴が出来る最後の抵抗ってやつを…」
「何を言って……ッ!」
俺から漂う異質な雰囲気。隠す気もない嫉妬と殺意。悲痛と苦痛。そして、アキラの身体に向けられた鈍色の刃。俺が先ほどホームセンターで買ってきた大振りの包丁だ。
「俺に出来るのは…もうゲームを破壊する事だけ。なかった事にするだけだ」
「お前………本気か!?」
アキラの顔が怒りと動揺に包まれる。こんな顔を見たのは初めてだ。
「もう……ダメなんだよ」
「何言ってんだよ……俺たち親友じゃねえのかよ……なんで…なんでこんな事……」
「もう分かんないんだよ!全部!お前を祝福したいハズなのに、心がお前を殺したがってる!勝者を讃えたいハズなのに、ゲームを壊したがってる!ずっとお前が憎かった……大切な親友なのに!掛け替えのない親友なのに!それなのに!
もう……もう俺は……俺が分からないんだよ!」
「ユウ・・・」
ずっと、ずっと溜め込んで来た全てが爆発し、溢れ出す。それと同時に、アキラに向かって走り出す。
アキラとの距離は遠くない。アキラが呆然としている間に、刃はアキラの腹へと辿り着く。
ずっと勇気が欲しかった。
ずっと決意がしたかった。
でも出来なかった。別れの来る今日まで、ずっと。そして今日、ようやく勇気が出たのにあのメッセージだ。
俺が今してるのは、アキラへの八つ当たり。そんな事頭では分かってる。
でももう止められない。
あと足を一歩踏み出せば、刃がアキラの体内を侵食し始めるだろう。
もし少しでも真っ当な心が残っていれば、この余計な勇気は手に入らなかったかもしれない。この
もしこの三年間のどれか一つの要素でも欠けていれば、結末は変わっていたかもしるない。
でも、もう止められない。止まらない。ドス黒い感情が、俺の足を止めてくれない。
俺は最後に決意し、最後の一歩を踏み出す。
「グッ………!」
出刃包丁の刃が少しずつ、でも確実にアキラの身体へと収まっていく。
一センチ、二センチ、三センチと…刃はアキラを貫いていく。
そして、刃渡り十五センチの凶器が全てアキラに埋まると同時に、今度は刃を一気に引き抜く。
支えを失ったアキラの身体は、大量の血を流しながらバタリと倒れる。そして、辛うじて動く顔を動かし、虚ろな瞳で俺を見る。
「ユウ……お前………」
「……………」
動けない。頭も、口も、身体も、全てが。
段々と視界がボヤけ、俺の目から雫が落ちる。顔に返り血は浴びてないのにおかしい、何故だろう。
時間が止まったような感覚。アキラはもうピクリとも動かない。
そこに、此方へ向かう足音が響いて来た。
バタンと扉が開き、俺がそちらを向くと、
「おまた………せ………?」
アキラの待ち人が、ヒカリがいた。
「ユウ……何してんの?」
ヒカリの視線の先には、返り血に塗れた俺の身体と、手に握られた持ち手まで赤く染まった包丁。そして、足元に転がるアキラの死体。
「ユウ……貴方がやったの?違うよね?何かの冗談だよね!?」
ヒカリが動揺し、叫ぶ。その瞳には薄っすらと涙が浮かんでいる。
「間違いでも冗談でもないよ……俺は、俺の身勝手な嫉妬で親友を刺した……殺した」
「……嫉妬?」
「俺はずっと……ずっとお前が好きだった……だけど、お前はアキラを選んだ。だからアキラが憎くなった……それで……それで……」
何故だろう。視界のボヤけが止まらない。頬を伝う水滴が無くならない。顔に返り血は浴びてないのに。なんで、どうして。
「じゃあ……憎かっただけなら、何でユウは泣いてるの!?本当に、本当にコレが貴方の本心なの!?」
……泣いている?あぁ、これは涙なのか。頬を伝う水滴の正体に、今ようやく気がつけた。だが、もうそんな事は関係ない。俺が泣いている事実なんて無意味でしかない。
「アキラを殺しちゃって一番苦しんでるのはユウだよ!だからそんなに泣いてるんだよ!だから……自首して…やり直そうよ……まだ間に合うから……私も手伝うから……だから……!」
想い人が親友に殺されて、一番苦しんでるのはヒカリだ。それでもヒカリは俺を救おうと考える。本当に二人揃ってお人好しだ。
でも、
「俺はもう……俺を許せない。嫉妬で親友を殺して、俺の好きだった奴の想い人を殺して…そんなんで、もう歩けないよ……もう…疲れたんだよ」
腕が自然と上がり、俺の胸の位置に固定される。それと同時に、刃の向きを自分の身体に変える。
「自分勝手でごめんな……傲慢でごめんな……俺が親友で…幼馴染でごめんな……俺が……俺が生きててごめんな!」
そして最後に、親友の命を奪った十五センチの刃を、今度は自分の心臓に突き立てる。
「が……ふっ………!」
突き刺さって、感じた事のない強烈な痛みと共に、直ぐに力が抜け、身体がバタリと地に伏せる。
「ユウ……なんで……なんで……イヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
ァ!!!!」
遠くまで響く甲高い悲鳴。全ての苦しみを体言化したような悲痛な叫び。でも、もう俺の身体に、悲鳴の主の顔を見る余裕なんてない。後はもう、目を閉じるだけ。
悲鳴が止んで、直後、俺の横をヒカリが駆け抜けて行った。その先にあるのは柵。越えれば何もない空中しかない。
「二人が居ない世界に残されても…もう私が生きてる意味なんてないよ……だから、今度はあの世で…皆で遊ぼうよ…何か遊べるものを探して…また三人でバカやろうよ……ね?」
消え入りそうなヒカリの声。止めないといけないのに、指先一つ動かない。
屋上の入り口からは、大量の足音。悲鳴に反応した人たちの足音。
「もう行かなきゃ間に合わないよね……じゃあ、また後で」
ヒカリのお別れの言葉を聞くと、それと同時に俺の視界も暗転した。大人たちの叫び声、下の方から悲鳴が聞こえるが、もう確認もできない。そしてそのまま、意識も消えて行った。
俺たちの春は、永遠に終わらない。終わらせる為に引かれた道を、己の手で終わらせてしまったから……
事件から四年後。卒業証書の入った筒を抱きかかえた二人の女子生徒が高校生活最後になるであろう談笑に興じていた。
「ねぇ、私さ、今日こそ告白しようと思うんだけど・・・どう思う?」
「告白って・・・例の屋上?」
「うん、だって『卒業式の日の夕方に屋上で結ばれた男女は、未来永劫幸せに生きることができる』んでしょ?」
告白を決意した少女を、その友人が少しの間キョトンとした瞳で見た後、軽く吹き出して、
「やだなぁ、そのジンクスは古いよ!確か、四年前までのジンクスじゃないっけ?
この学校の本当のジンクスはね・・・
『卒業式の日の夕方に屋上で告白をした男女は、その身体と心、両方に苦痛を受け、その命を落とす』・・・だよ?」
そう楽しそうに言ったのだった。
終わらぬ春と終わる道 end
終わらぬ春と終わる道 涼風 鈴鹿 @kapi0624
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