懐古厨の世界

ちびまるフォイ

一方通行の入国審査

「入国理由は?」


「今はどこも新しい現代文化に染まっちゃっているので、

 たまにはこう懐かしい気分に浸りたくて」


「観光、と……。ではこちらをお通りください」


懐古世界の入国審査はやたら厳しい。


「金属探知機ですか? それだったら空港でやりましたよ」


「いえ、現代探知機です。

 あなたが現代に染まったものをお持ちでしたら反応します」


ゲートを通るとアラームが鳴り、すぐにスマホが没収された。


「わが国では懐古感を守るために現代機器の持ち込みは死刑になってます」


「死刑!?」


危うく殺されるところだった。

その後もブルーライトカットメガネだとか、消えるボールペンまで没収された。


「お待たせしました。懐古国へようこそ」


いくたのチェックの先に待っていたのは、まさに"懐かしい"世界だった。



テレビからは平成初期の番組しか流れていない。

バブル全盛期でみんな浮かれて活発な懐かしい世界。


「うっわ懐かしい! スーパーファミコンだ!」


ゲーム機も当時の金額で売られている。

街には今じゃ絶滅危惧種のギャルとすれちがう。


「電話ボックスがまだこんなにある……!」


懐かしさに負けて思わず中に入ってみる。

足元には使い切られたテレホンカードが落ちているのを記念に持ち帰る。


「懐古国、来てよかったなぁ」


最初は数日の滞在予定だったが、予定を変更してもっと長くとどまることにした。


 ・

 ・

 ・


滞在から2ヶ月後。


最初に感じていた"懐かしさ"も慣れてしまえば当たり前になる。


昔によくあった過激なテレビ番組も今見ると単にバカバカしいし、

買える服は全部肩パット入ってるし、いまだに白黒のポケモンが大人気って。


「はぁ……なんか……いろいろと遅れてるよなぁ」


電気ケトルがないから湯を沸かすのも時間かかる。

ファービーとかいじって何が楽しいのかわからない。


滞在の日数が増えれば増えるほど、現代への渇望は増えていった。


「よし戻ろう」


正直、ずっとこの国で暮らすつもりもあったが限界がきたので出国審査へ移った。

入国よりも簡単な手続きだったが最後の審査が待っていた。



「では、ここより出国する前にあなたのすべての記憶を奪います」



「き、記憶をうばう!? なんで!?」


「規則ですから」


「そんな! 嫌ですよ! ここで感じた楽しい思い出もリセットなんて!」


「だったら出国はできません。お引き取りください」


審査員に蹴り戻されてしまった。


記憶を消されるなんて話きいたことない。

いったいなんの不都合があるっていうんだ。


「こうなったら、別の場所から出るしかないか……」


記憶を消されるのはごめんだ。

でも、このクソ不便な世界で生きるのもごめんだ。


俺は人目につかない国境付近をさがして必死に穴を掘り始めた。


「ったく、この国のスコップは……どうしてこう使いにくいんだ!」


文句を言いながらもトンネルを開通させることができた。

久しぶりに戻った現代の空気はちがう味がした。


「ああ、戻ってこれた! ただいま現代!!」


まずは現代の必需品スマホを探して町に行く。

けれど、ケータイショップがひとつも見つけられない。


「あのすみません。ここら辺にあったケータイショップは?」


「ケータイ? おっさん、何言ってるの? そんな古臭いもの使い人いないっしょ」


「え゛」


「いまどき、脳内テレパシーでみんな会話してるよ」


「なっ……そんなことになってるの!?」


「つかおっさん。地面を歩くなんて、どこの時代から来たのよ? ウイングブーツ持ってないの?

 シャルムプロセアは? ランパスリートは? 知ってるでしょ?」


「あ……あ……」


完全に自分が浦島太郎となった状態だった。

声をかけた若者が何を言っているのかさっぱりわからない。


現代の発展はこんなにも劇的で速かったのか。


「おっさん、いまどきこれがわからなくっちゃ生きていけないよ?

 どこの会社でもこれくらいはできないと」


「うわぁぁあ!」


思わず逃げ出した。


少し離れただけでこんなにも居場所がなくなるなんて。

置いてけぼりにされた現代で暮らすくらいなら、

不便だけどまだわかる懐古国のほうがまだましだ。


俺は脱国に使ったトンネルへと戻って、懐古国へと戻った。



――トンネルを抜けた先には、あの懐かしい世界が……。



「なんで……なんで……変わってるんだ!?」


懐かしい世界はどこにもなかった。

トンネルを抜けた先も今と変わらない現代の世界そのもの。


「いやぁテレパシーって便利だなぁ。これがあれば電話も不要だ」

「歩くの疲れたから、空を飛べるなんてワシも助かるよ」


みんな現代文化に満足している。

青ざめているのは俺だけだ。


入国審査員を見つけて声をかけた。


「どうなってるんですか!! この国が現代に染まっている!!」


「我々にもわかりません。出国のさいには記憶を消して、この国の所在をわからなくさせてたんですが。

 どこからか現代文化が入って来たみたいで……」


「まさか……」


ここ以外にも出入り口はある。

俺が作ってしまったせいだ。


もうあの世界には戻れない。

この便利さを知ってしまった世界はもう戻ることはない。




「あのしゃべるの面倒なんで、テレパシーしましょう」



入国審査員の言葉に俺はもう涙しか出なかった。

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