僕と君とコックリさん

「誰かいるのか?」

 良太の呼びかけに答えるように、その人物はカーテンを押しのけながらこちら側に姿を現した。

「……良太君」

 申し訳なさそうな表情で良太の名を呼んだのは葵だった。

「葵! いつからそこに?」

 葵の突然の登場に驚いた良太の声は裏返っていた。

「良太君、本当にごめんなさいっ!」

 そう言って葵は勢いよく頭を下げた。

「ごめんって、それは僕の台詞だ。変な事を言って本当にごめん!」

「変な事だなんて思っていないわ」

 良太の謝罪に、葵は頭を上げて反論をする。

「でも、あの質問のせいで葵は教室を飛び出した訳だし、コックリさんの答えも【いいえ】だった」

「飛び出した理由は……ただびっくりしすぎてしまっただけなの」

 葵は恥ずかしそうに答えた。

「それと、私が謝ったのは教室を飛び出した事じゃあなくて、良太君を騙した事についてなの」

「僕を騙した? どういう事なんだ?」

「ええと……」

 葵が一度視線を下に落とす。しかしすぐに視線を良太の目に戻して続けた。

「順を追って説明させてもらうわね。そもそも話は昨日の放課後から始まるの。私は花井先生にある相談事をしていたの。そこで先生が、良太君がコックリさんをやろうとしている事を利用する作戦を提案してくれたの」

「確かに、昨日ここでコックリさん用の紙を作っていた時先生に会ったから、先生なら知っていたはずだもんな」

「それで今日、私は良太君にコックリさんの存在を信じさせて、その上である事を伝える事にしたの。あの時のコックリさんは、本当は私が指で十円玉を動かしていたのよ」

「じゃあ明日の数学のテストの件はデタラメか。答えが違っていても明日まではわからない訳だし」

「いいえ。先生の机の上に明日出されるテスト用紙が無防備に置いてあるのを見たから、一つ目の質問の答えもあれで合っているはずよ。確かにデタラメでも問題はなかったけれどね。とにかくそれで良太君はこっくりさんの存在を信じてくれたと思うのだけれど、私が伝えたい事をこっくりさんを利用して言う前に、良太君から予想外の質問が出たから……」

「それで驚いて教室を飛び出したのか」

「ええ、その通りよ。その後は花井先生の所へ行って、少し話をした後でここに戻って来たの」

 おおかたの流れの説明を受けた良太は、話の核心について質問をする。

「それで、僕に伝えたかった事ってなんだったんだ?」

 葵の背後の窓から見える夕日のように葵が顔を真っ赤に染め上げている。

「それは、私が良太君の質問に驚いた理由にも繋がるのだけれど……実は、私も良太君と全く同じ事を。つまり、良太君といつかお付き合いできますかって質問しようと思っていたの」

「えっ?」

 良太の顔も同じく赤く染まっている。それは夕日に照らされているからだけではなかった。

「でも、答えは【いいえ】だったんだろう? つまり葵は僕に、ずっとただの友達でいようって言いたかったのか?」

「違うの! あれは指を離した勢いで【いいえ】の方に動いてしまっただけで……本当の答えは今紙の上にあるわ」

 良太が自分の席に広げられている紙に目を向ける。そこにはさっき良太が見た通り【はい】の上に置かれた十円玉があった。【いいえ】の上ではなく、間違いなくそこから十五センチ左の【はい】の上である。

「あれを動かしたのは葵だったのか」

 良太の中でやっと一連の流れが繋がった。それはつまり、良太が、葵の自分への気持ちを知った事にもなる。

「良太君、いろいろ振り回してしまって本当にごめんなさい」

「いいんだよ。結局のところ、僕が最初から男らしく自分の口で葵に気持ちを伝えていれば何も問題はなかったんだから。それにしても、まさかお互い同じ方法で気持ちを伝えようとしていたなんてね」

 良太が葵に笑いかけた。

「ねえ良太君。あなたがこの高校の入学式の日に何の本を持っていたか覚えているかしら?」

 葵が笑顔で質問を投げかける。良太の好きな、いたずらを仕掛けた子供のような無邪気な笑顔だ。

「さすがにそんな昔の事は覚えていないな」

「私は覚えているわよ。私と良太君が話をするきっかけになった本だもの」

「ああ、そうか。だから僕ら二人とも同じ方法で気持ちを伝えようとしたのか」

 その本の題名は【僕と君とコックリさん】。コックリさんに参加した一人の登場人物が、十円玉を自分の意志で動かした事がきっかけで事件が巻き起こっていく内容だ。どうやら良太は無意識のうちにその本の影響を受けていたらしい。葵の方も、内気な性格にも関わらず今回の花井の作戦を実行する決意ができたのは、作戦内容が思い出の本の内容と似ていたからだ。

「それで、良太君。最後は男らしく締めてくれるのかしら?」

 相変わらず葵は無邪気な笑顔を見せている。

「あ、ちょっとまってくれるかな。後でちゃんと言うから」

 そう言うと良太は、教室のドアまで歩いて行き、そのドアを勢いよくガラリと開けた。

「あら、バレてしまったわね。いいところだったのに」

 ドアの外では花井が聞き耳を立てていた。

「先生の性格なら絶対いると思いましたよ」

「やるわね、国分良太君」

 良太は呆れたという表情で花井を見る。

「わかったわよ。もう邪魔はしないから、後は上手くやりなさい」

 そう言って立ち去る花井に聞こえるように、良太は大きな声で感謝の言葉を放った。

「先生、いろいろとありがとうございました」

 背中を向けたままでひらひらと二度ほど小さく手を振る花井を見送り、良太は葵のもとへ戻った。

「お待たせ。じゃあ、改めて言わせてもらうよ――」

 良太は、コックリさんの力ではなく、自分の力で【いいえ】の世界から【はい】の世界へ、その長い長い十五センチを乗り越える。ずっと二人で笑いあえる未来を目指して。




「良太君、数学のテストの問題の事だけれど、気がついたかしら?」

「ああ、花井先生問題を変更していたね」

「やっぱり、コックリさんなんてあてにはならないのね」

「オカルト好きとしては悲しい事だけどね」

 放課後を迎えても教室には何人かの生徒が残っていた。開け放たれた窓からは、六月のジメジメした風が吹き込み、窓枠の上のレールから床まで伸びた白いカーテンをほのかに揺らす。窓際から二列目の一番後ろの二つの席に、一組の男女が座っている。女子生徒が後ろから二番目の席に座り振り向いた体勢をとっていて、一番後ろの席に座る男子生徒と向かい合っている。

「良太君、今悲しいなんて顔をしていないわよ」

 カーテンが揺れるのと同じように黒い髪を揺らしながら、その女子生徒――栗田葵が呟く。

「葵もすごく楽しそうだ」

 後ろの男子生徒――国分良太が楽しげな声で返した。二人は子供のように無邪気に笑いあっていた。

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僕と君とコックリさん 長良 エイト @sakuto-3910

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